現代の子どもたちに必要な能力として、課題を解決することだけでなく、課題を見つけることも重要だと認識され始めています。
課題を見つけるということは、物事の背景や理由に注目して、自ら「問い」を持つことであり、そこからイノベーションにつながっていくので、とても重要なことなのです。
問題が出され、それを解いていくことが中心のカリキュラムの中では、「問い」を持つ機会はあまりないかもしれません。
「問い」を持ったり、答えがないことを深く考えていくプロセスを辿る有意義なツールとして、哲学を使うことをおすすめします。
本記事では、その理由として、哲学を子どもたちの学びに取り入れる驚くべき効果と必要性をご紹介したいと思います。
哲学を学びに取り入れる
まだ、日本の教育で「哲学」を取り入れている具体的な機会をあまり見たことがありませんよね。
哲学を学びに取り入れるということは、子どもたちが自分自身の思考を深め、創造的に課題を解決していく力を育めるのです。
哲学の具体的な効果を以下で見てみましょう。
1. 批判的思考力を伸ばす
哲学は、質問を立てて、理由を求めるプロセスを重視します。
そうすることで、子どもたちは物事を深く考え、自分の考えを理論的に表現する能力を養うことができます。
批判的思考力の強化を例にとると、哲学の授業では子どもたちに具体的な問題を提示し、多角的な視点から考えさせます。
このようなプロセスは、子どもの論理的推論能力を高めることが示されています(出典: Journal of Educational Psychology,2022 )。
2. 個性と意見の尊重につながる
哲学を通じて、子どもたちは個々の意見がどのように形成されるかを学びます。
異なる文化や背景、価値観を持つ個人の意見を探究する活動が行われるため、子どもたちは他者の視点を自然と尊重し、自らの個性を表現する勇気を持つようになります。
そうすることで、他者との対話を豊かにし、社会全体の多様性を受け入れる土壌が育ちます。
例えば、エンパシーや道徳的ジレンマに関する議論は、子どもが自分自身と他人の感情について深く考えるきっかけとなり、より豊かな人間関係を築くための基盤を形成します。
3. 創造性を高める
哲学は抽象的な思考や想像力を養います。
創造性を刺激すると、新しいアイデアや解決策につながりやすいです。
哲学の授業では、抽象的な概念や理論を用いて、子どもたちに新たな発想を促します。
例えば、『人は、何のために学ぶんだろう?』『自由とは何だろう?』などといった仮想的な問いを通じて、子どもたちは通常とは異なる角度から物事を考え、創造的で独特な意見を見つけます。
このような探求によって、子どもは想像力を養い、未来のイノベーターとしての土台を築きます。
具体的な哲学活用例とその効果
哲学を学齢期から学ぶことのメリットとして、批判的思考能力、問題解決能力、創造力、および共感力の向上などがあります。
海外では、小学校で哲学教育を積極的に取り入れ、成功を収めています。
以下に、具体的な例をご紹介します。
イギリスの「Philosophy for Children (P4C)」
イギリスでは「Philosophy for Children (P4C)」と呼ばれるプログラムが広く実施されています。
P4Cは、「なぜ人は考えるのだろう」、「なぜ友達を大切にしないといけないのだろう」など、当たり前だと思われている日常や世界への問いを探求し、ディスカッションを通じて思考を深めることを目的としています。
このプログラムでは、先生が子どもたちの質問に答えるのではなく、子どもたち自身が自分の考えや他の子どもたちの考えを深く掘り下げることを促します。
Durham Universityでの研究※1では、経済的に不利な子どもが長期にわたってP4Cに参加した場合、非参加の学校に比べて読解力と書く能力が向上することが示されました。
この研究は、P4Cが子どもの推論能力を向上させ、経済的に不利な子どものリテラシーを向上させることにより、有利な子どもとの成績の格差を縮めるのに寄与する可能性があることを示唆しています。
また、別の研究※2では、他者の意見を尊重すること、意見をはっきりと表現する能力、自己信頼といったP4Cの重要な領域で他に強い肯定的な結果が見られました。
P4Cを実施している学校の教師と生徒はどちらも、それを楽しく、魅力的だと感じており、教師はP4Cが生徒の社会的、思考的、コミュニケーションのスキルに肯定的な影響を与えていると強く感じていました。
他の国の例だと、オーストラリアでは、ビクトリア州を中心に小学生を対象とした哲学教育が行われています。
特に、コミュニティ・オブ・インクワイリ(COI)モデルを用いた教育が注目されており、これは子どもたちが自由に意見を交換し、互いの考えを尊重することを促す方法です。
子どもの自尊心の向上や社会的スキルの発達に役立つとされています。
アメリカでは、モンテッソーリ教育や特定のチャータースクールで、小学生を対象にした哲学教育が実施されています。
これらのプログラムでは、子どもたちが倫理、存在論、美学などのテーマについて議論し、自分の考えを形成する機会を提供しています。
子どもは思考の多様性を認識し、異なる視点を尊重することを学びます。
これらの例から見える共通点は、哲学教育が単に知識の伝達ではなく、思考のプロセスとして捉えられていることです。
子どもたちは、自分たちの考えを表現し、他者の意見を聞くことで、自己の考えを深めるとともに、社会的スキルを発達させています。
教育者は子どもたちの質問に答えるよりも、より深い思考へと導く質問をすることに重点を置いています。
哲学を小学生から学ぶことは、単に知的能力を高めるだけでなく、社会性や個人の成長にも寄与するため、多くの国で積極的に取り入れられています。
これらのプログラムは、子どもたちが将来、複雑で多様な世界で生きていくための重要なスキルを育む助けとなりそうです。
日本で、哲学に近い科目は道徳教育だと思います。
しかし、道徳の授業はルールや行動規範を教えるのに対し、哲学はその背後にある考えや理由に焦点を当て、より深い思考を促すという点で大きく異なります。
先の海外での例からもうかがえるように、哲学を取り入れることでよりダイナミックな学びの体験をすることができるはずです。
「ぼくたちの哲学教室」
ここで、哲学を実践的に教育に取り入れる方法と効果について、面白い映画があるのでご紹介します。
「ぼくたちの哲学教室」という映画です。
北アイルランド、ベルファストにあるホーリークロス男子小学校を舞台にした映画です。
ホーリークロス男子小学校では、哲学が主要科目になっています。
「ぼくたちの哲学教室公式サイト」より抜粋生は正解のない問いの連続 考えて、考えて、歩む
エルヴィス・プレスリーを愛し、威厳と愛嬌を兼ね備えたケヴィン校長は言う。
「どんな意見にも価値がある」と。
彼の教えのもと、子どもたちは異なる立場の意見に耳を傾けながら、自らの思考を整理し、言葉にしていく。
授業に集中できない子や、喧嘩を繰り返す子には、先生たちが常に共感を示し、さりげなく対話を持ちかける。
自らの内にある不安や怒り、衝動に気づき、コントロールすることが、生徒たちの身を守る何よりの武器となるとケヴィン校長は知っている。
かつて暴力で問題解決を図ってきた後悔と挫折から、新たな憎しみの連鎖を生み出さないために、彼が導き出した1つの答えが哲学の授業なのだ。
筆者がこの映画をみて一番感じたことは、教室での発言がリスクフリーであるということです。
北アイルランドは、決して豊かな国ではなく、家庭環境もさまざまですが、自分達の意見や家庭環境のこと、何を感じたか、全てオープンにクラスメイトや先生に共有することができている点が筆者の子どもの頃とは大きく異なります。
どんな意見でも、それはそれでいい。
ケヴィン校長が言うところの「どんな意見にも価値がある」と言う思想が浸透しきっています。
まとめ
哲学を教育に取り入れることで、子どもたちはただ知識を吸収するのではなく、その知識を活用して新たな問題を発見し、解決策を創造する能力を養います。
将来の教育が目指すべきは、このようなダイナミックで参加型の体験を通じて、子どもたちの全人的な成長を促すことに他なりません。
ルールや行動規範を教えることは、簡単なようで実は難しいはずです。
日本の昔ながらの道徳では、正解があり、「ルールはルール」というような比較的一方通行な教え方がなされてきたように感じます。
哲学による教えは、自ら問いを持ち、背景や理由を深く考えるプロセスが大部分を占め、より自分の学びになっていくのではないでしょうか。
もちろん、哲学を教育プログラムに組み入れる際には、子どもたちの年齢や発達段階に適した方法で教えることが重要です。
哲学的な概念や議論を、子どもたちが理解しやすい形で提供する必要がありますし、ガイドをする大人も適切なタイミングでの関わり方が求められます。
実際に授業に哲学を取り入れるのは難しいのではないかとイメージされる方も多いと思いますが、哲学は、教育が向かう方向の一つの道標になってくれるということには大いに期待できそうです。
参考文献
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