「10歳の壁」という言葉を聞いたことはありますか?
他にも、「9歳の壁」「小4の壁」などの言葉を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
微妙に言葉は違いますが、それらはすべて同じ状況を意味しています。
10歳頃に子どもが直面する「壁」を乗り越えるためには、親としての関わり方が非常に重要です。
この時期に求められる具体的なアクションとはどのようなものなのでしょうか。
この記事を書いた専門家
日塔 千裕
公認心理師、臨床心理士
発達障害や発達に心配がある子どもへの心理検査や子どもの指導、親御さん向け講座などを通して、親子をサポート。学校問題・親子関係など幅広い相談を受け、1万件を超える相談に応じる。
目次
学習内容に基づく「10歳」という時期
「壁」という言葉の通り、10歳頃の小学校4年生前後に何らかの立ちはだかる壁があるということです。
どのような壁かというと、この10歳頃は具体的内容の理解から抽象的内容の理解が求められるようになる移行期となる発達段階なのです。
たとえば、小学校の学習内容を考えてみてください。
1~2年生の学習内容(算数)
・足し算、引き算、2年生で九九
・位としては、2桁から簡単な3桁の計算程度の数の操作
3~4年生の学習内容(算数)
・割り算
・位としては、万の単位ほど大きな数の操作
・小数や分数といった整数の計算(触り程度に2年生でも扱うが本格的な理解は3年生から)
算数の学習内容だけを見ても、1~2年生の学習内容と3~4年生の学習内容で具体的内容から抽象的内容に移行していることが分かるでしょう。
国語においては、学習内容だけ見ても具体的内容と抽象的内容の判断がつきにくいところではありますが、学習指導要領には次のように記載されています。
<語句の量>
1~2年生:身近なことを表す語句の量を増やす。
3~4年生:様子や行動、気持ちや性格を表す語句の量を増やす。
<言葉の働き>
1~2年生:言葉には事物の内容を表す働きや経験したことを伝える働きがあることに気付く。
3~4年生:言葉には考えたことや思ったことを表す働きがあることに気付く。
<話すこと>
1~2年生:事柄の順序を話す。
3~4年生:理由や事例などを挙げながら話の中心が明確になるように話す。
このように1~2年生の低学年の時期と3~4年生の中学年の時期を比較してみると、低学年は具体物の名称の語彙を増やしていき、事物の内容や経験を時系列に沿った事実に基づいた話ができることが求められています。
それに対して、中学年になると、様子や気持ち、考えといった内容が含まれるようになります。
もっと分かりやすく言えば、作文で1~2年生の頃は「〇〇しました。楽しかったです」でよかったものが、3~4年生になると、何が楽しかったのか、どのように楽しかったのか、あるいは楽しい以外にもさまざまな感情表現を用いて説明するなどが求められるようになります。
このように1~2年生と3~4年生で具体的内容から抽象的内容に移行するというのは、学習指導要領を作成している文部科学省が決めたというものではありません。
学者が提唱している発達段階に基づいて作成されているのです。
認知発達段階に基づく「10歳」という時期
その中の1つである、スイスの心理学者である「ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)の認知発達段階が「10歳の壁」を理解するには適しているので、簡単に説明します。
認知発達の4段階
ピアジェは、人の認知発達段階を4段階に分けられると考えました。
1)0~2歳 :感覚運動期
2)2~7歳 :前操作期
3)7~11歳:具体的操作期
4)11歳~ :形式的操作期
言葉だけ聞いても「?」だと思いますが、発達段階の説明をしてしまうとそれだけで長くなってしまうため、今回はあくまで「10歳の壁」に関するところとして「具体的操作期」についてのみ説明します。
この時期の特徴としては、「保存の概念」が獲得され、論理的な思考が少しずつできるようになっていくことです。
この「保存の概念」とは、例えば、縦に細く長いコップから、横に広く浅いコップに水を移し替えても、水の量は変わらないということが理解できるかということです。
ものの見た目は変わっていますが、ただ移し替えただけなので、量は変わらないということを把握・理解できることが具体的操作期になります。
「脱自己中心性」
そして、もう1つ、脱自己中心性という特徴もあります。
自分と他の人では物の見え方・考え方が異なることに気付き、他の人の考えや感じていることを聞いたり考えたりすることができるようになる時期でもあります。
7~11歳と概ね小学生の間の期間が、具体的操作期となっており、小学生の時期を通して、徐々にこれらを獲得していくのです。
そのため、早いお子さんであれば低学年の時期に少しずつ獲得の兆しが見えるようになります。
仮定の話や多岐に渡る複数の視点で物事を考えるなどの大人ほどの抽象的理解はまだ難しいですが、低学年の具体的段階から徐々に抽象的理解の段階へと移行していきます。
その目安が10歳であり、そこで抽象的理解が難しくなると、その後のさまざまなつまずきが生じてくるということで「10歳の壁」と言われているのです。
「10歳の壁」といわれる“つまずき”とは?
このような発達段階を踏まえて、日常生活の中でどのようなつまずきが生じてくるかというと、学習指導要領に触れた通り、学習面でのつまずきが現れてきます。
小学校3~4年生頃は、徐々に学校の勉強についていけなくなってくる子が増えてくる時期なのです。
分からないことをきちんと聞けたり、何が分からないかは伝えられないにしても「分かんない」と表現できる子はまだよいでしょう。
それができないようなタイプや分かんないことが分かっていないようなタイプの子は、「やらない」という形で表現され、ゲームや遊びに夢中になるなど、勉強面においては怠惰で捉えられてしまったりすることもあります。
また、概念的な抽象的理解が進むと、会話の難易度も上がってくるため、友達関係にも影響してきます。
友達の会話についていけなくなったり、遊びの内容に幼さが残り、周りの子と興味を持つ遊びの内容が異なってきて一緒に遊べなくなったりすることもあります。
そして、自分と周りの違いにも気付き始める時期なので、「できない」と劣等感を強く持ったり自己肯定感にも影響が出てきたりすることもあるでしょう。
大人の目には見えないところで、子ども自身はたくさんのことを感じ、考えるようになってきているので、何か1つができないということではなく、日常の些細なことの積み重ねで、劣等感を持ちやすくなる時期なのです。
ただ、それらを言語化する力はまだまだ弱いので、子ども自身が自分の感じていることをしっかり伝えることは難しいでしょう。
それが大人には気付きにくくさせているところもあります。
そのため、「ゲームばかりする」などの言動として現れている場合もあります。
そして、発達障害がある子やその特性を有するような子の場合、この時期の抽象的内容の理解が難しく、つまずきが大きくなる場合があります。
これまで何となく気になるなと親御さんの中でお子さんの発達に関してモヤモヤを抱えていた方が、この時期のつまずきで相談に至って、発達障害の診断を受けたというケースもあります。
発達特性を有するお子さんは特に10歳の壁でつまずきやすいことが多いですが、10歳の壁につまずく子がすべて発達障害というわけではありません。
10歳前後の時期で大切な関わり
子育ては、どの時期であっても根気や忍耐力が非常に求められることではあるかと思います。
ただ、その中でも、特にこの時期は根気強く、大人のペースではなく、子どものペースに合わせて、丁寧な関わりが必要かもしれません。
一人の“人”としての関わり
「子どもだから」と子ども扱いではなく、対大人と同じような意識で向き合いましょう。
使う言葉や説明の仕方などはすべて大人と同じようにというわけにはいかないため、子どもの理解レベルに合わせることは必要です。
子どもも一人の人として自分の意思をしっかり持っているという点で、上の者から下の者への一方的な考えの押し付けにならないように、子どもの話を聞く、話し合って一緒に考えるといった対大人と同じような関わりに親側の意識を移行させていくことが必要な時期となります。
何でも親がやってあげるのではなく、家事の一部を子どもの担当として家庭内の役割を持たせていくこともよいでしょう。
個の中で認められることを言葉にして伝える
子ども自身の成長の中で、できるようになったこと、親としてできている、がんばっていると感じていることを言葉にしてしっかり伝えてあげましょう。
比較するなら、周りの子やきょうだいと比べてではなく、子ども自身の成長の中での比較です。
テストで100点取った、リレーで1位になったなどの結果ではなく、毎日宿題に取り組んでいた、最後まで全速力で走ったなど過程を褒めてあげましょう。
あたり前のことがあたり前のようにできることも素晴らしいことです。
「〇〇できてすごいね」「〇〇がんばったね」などと褒める言葉だけでなく、「〇〇できたね」「〇〇もう終わったんだね」と行動を言葉にしてあげるだけでも、子どものことを見ているよ、認めてるよ、ということを伝えることになります。
共感的に話を受け止め、子どもに考えさせる
慌ただしい日常生活の中では、子どもに対して、どうしても「〇〇しなさい!」「早く〇〇して!」という指示が多くなってはいないでしょうか。
低学年まではそれでもよいですが、中学年頃になると少しずつ指示は減らしていきたいところです。
ただ、これは正直、親御さんの時間・気持ちの余裕と忍耐力が求められます。
「言われたからやる」状態では、いつまで経っても同じ関係性から抜け出せなくなり、いわゆる反抗期の反抗的態度が強く出る可能性もあります。
子どもがどうしたいと考えるか、どのような方法なら自分ができると思えるかを、子どもと話をして、それを「そう思うんだね」と共感的に受け止める。
「お母さん(お父さん)はこう思うけど、この方がいいんじゃない?」などと誘導や考えの押し付けは控えていきましょう。
最初はなかなかうまくいかないですが、1週間やってみて、もう一度考える機会を設けて…と、PDCAを繰り返すようなイメージです。
子どもがうまくできなくても、否定せず、「じゃあ、どうできるといいかな?」と考えさせるように促していきましょう。
勉強面はアウトソース
ここまでにお伝えした大切な関わりだけでも、親として低学年のときの子どもへの関わり方と中学年になるにつれての関わり方を変えていく必要があり、結構、難易度の高いことを伝えていると思います。
勉強面は教育のプロであっても、他人の子どもには冷静に教えられるのに自分の子どもにはイライラするという人も多いくらい、さらに忍耐力が求められます。
親御さんは、家庭内で勉強面以外でも、お子さんと冷静に根気強く向きあっていく時間が必要となります。
勉強面も冷静に丁寧に繰り返し根気強く教えていくことが必要となるため、親御さんの心の余裕を作るためにも親御さんは家庭内でしかできないことに注力し、勉強面はアウトソースできるとよいでしょう。
塾や家庭教師、通信教育、タブレット教育など、費用面も学び方も選択肢は増えています。
無理に家庭の中で対応しすぎず、使えるものは使う、頼れるものは頼るくらいの感覚を持っておくことも大切です。
おわりに
「10歳の壁」は、子どもが具体的な理解から抽象的な理解へと移行する重要な発達段階です。
この時期に直面する困難を乗り越えるためには、子どもを一人の人間として尊重し、共感的に話を受け止め、成長を認めることで、自己肯定感を高めることができます。
このような関わりを通じて、子どもは10歳の壁を乗り越え、次の成長段階へと進むことができます。
参考文献
文部科学省 小学校学習指導要領解説(平成29年告示)
家族の関わりから考える生涯発達心理学 2006 尾形和男 ㈱北大路書房
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