「小さいときの自然体験が大事!」
「幼少期は、自然の中で体をしっかり動かすこと!」
…と聞きますが、都心に住んでいると、そもそも自然豊かな場所に行くまでにお金も時間もかかりますし、幼児教室や知育教材と比べて、自然のありがたみや教育上の効果は、なかなか感じにくいものです。
子どもにとって本当に自然が大切なのか。
どんな自然体験をさせるべきなのか。
おすすめ書籍とともに、小児科医が解説します。
この記事を書いた専門家
白井 沙良子
医師、日本小児科学会専門医
都内クリニックでは、乳幼児健診や育児相談も担当。医療記事執筆や企業セミナーなどを通じて「エビデンスに基づいた育児情報」の発信を行う。
自然の中で過ごすことの効能は、様々な研究や本で紹介されています。
例えば、「1か月に5時間以上自然の中ですごすと、ストレスが大幅に軽減し、脳が活性化し、記憶力・想像力・集中力・計画性が向上する」という研究結果があります※1。
また、自然豊かなヨーロッパ各国は、その他の各国と比べて幸福度が高いことも知られています。
さらに、自然との結びつきを感じることで、ポジティブな気持ちを持てるようになり、バイタリティや人生の満足度に影響することも研究結果として報告されています。
なお、これは年齢や性別は関係なく、とにかく「自然と自分とのつながり」を感じることができる人が、最も幸福度が高いという結論です※2。
どうして自然が私たちに良い影響を与えてくれるのか。
それはそもそも、人間の脳が、屋外や自然でこそ生き生きとするようにできているから、という説があります※3。
原始人の時代まで遡れば、自然の中で食料を探したり、休息に適した場所を探したり、たしかに自然の中で探索することで、生命を繋いできたわけです。
この説を紹介した書籍※3の中では、
うつ病に対してもウォーキングが有効であること
ADHDの症状も自然の中で歩くことで軽減されること
手術後の患者さんに対して自然は痛みを和らげてくれること
自然に長時間触れた後は集中力だけでなく独創性も上がること
など、面白い研究結果が紹介されています。
心身ともに子どもに幸せになってほしい!と思ったときに、一番手っ取り早いのは、自然の中で過ごすこと。
そして、「自然の中で過ごすと心地よい」という感覚をたくさん経験することなのかもしれません。
スタンフォード医学部でも導入された「自然研修」
こうした自然の効果を受けて、海外では、リーダーシップの研修や大学の実習の一つとして、自然が用いられています。
特に、牧場研修として、自然の中で馬と触れ合うホースローグは、スタンフォード大学の医学部でも導入されている手法です。
馬をはじめ、自然界の生物は、本能的に不要な競争を避けることで、少数が権力を握る構造を作らず、共存する仕組みができています。
各々が、自分自身を律する柔軟なリーダーシップを持つことで、そして適切に争いを避けて逃げることで、生き延びています。
こうした「他者と共存し、社会のルールに則りながらも、自分の感覚に忠実でいる」という感覚を、自然や馬を通じて学ぶのです※4。
このように「謙虚さ」を育むためにも自然は大切です。
大自然に圧倒される「オウ体験」によって、エゴが少なく、謙虚になれるとされています※5。
また、昔ながらの「わびさび」の概念も、謙虚さの一つですよね。
一見平凡で、欠陥も認められるような自然に対して、その美しさにマインドフルな注意を払って評価することが「わびさび」であり、これもまた自然が教えてくれる大切な心構えの一つです※6。
実際に自然を観たあとは自制的になり、自然に対する畏怖の念が、私たちを利他的・社会的にさせてくれることが報告されています※3。
幼少期の子どもにとって自己肯定感や自己効力感が大切なのは言うまでもありませんが、同時に、他者との共存や、尊敬や畏怖の気持ちも、社会生活でとても大切なもの。
自然は、人生における大切なツールを、子どもたちに授けてくれる可能性があります。
「身近な自然」でいい
じゃあ、明日から農村に移住しよう!明日から馬屋で暮らそう!
…とはなりませんよね(笑)。
家族それぞれのライフスタイルがあり、休日の過ごし方があり、自然の中で過ごそうとして無理をするのは、本末転倒です。
都心に住んでいると、ちょっとした日帰りキャンプであっても、ものを揃えたりキャンプ場への移動など、お金も時間もかかって、かえってストレスだなと思う方も多いでしょう。
このように「気合をいれた自然体験」ではなく「毎日無理なく触れることができる自然」にこそ、効能があるのでは?と私は思います。
「子育てベスト100─「最先端の新常識×子どもに一番大事なこと」が1冊で全部丸わかり」※7にも紹介されている「ネイチャージャーナル」が良い例です。
これは、毎日の通学路やお散歩の道など、何でも良いので、身の回りの自然について気になったことを書いていく取り組みです。
書かなくても、親子で話すだけでも良いでしょう。
「あの雲、大きくて恐竜みたいだね」「セミの抜け殻が、こんな細い草についてるね!セミさん、羽化している間によく落ちなかったよね」など、都会でも子どもの目線で見てみるとたくさんの自然と、その面白さが発見できます。
これは子育て本にもたまに出てくる「センス・オブ・ワンダー」を育むのに適した取り組みだとも感じます。
「センス・オブ・ワンダー」はレイチェル・カーソンの書籍のタイトルでもありますが、要は「神秘さや、不思議さに目を見張る感性」のことです。
つまり自分以外の大きな存在である「自然」という対象に対して、不思議だな、面白いな、素敵だなと感じる感性ですね。
子どもは生まれながらにこうした感性を持っているものですが、自然の中で五感を磨くことで、さらにセンス・オブ・ワンダーも洗練され、発達にも良い影響を与えるとされています。
大人向けのアプリでも「ReTUNE」(現時点でまだ日本では使用不可のようです)といって、あえて自然の中をより多く通れる道を案内してくれるものがあります。
最短ルートではなく、あえて自然の中を行く。
子育てにも通じるものがありますね。
また、屋内でも観葉植物があるほうが注意力、記憶力を向上させることも報告されています。
さらに、自然の映像を40秒間見るだけでも、認知能力が上がるとも。
屋外がとにかく億劫だなという方は、まずは観葉植物を部屋において、youtubeで大自然の動画を観ることからスタートしても良いかもしれません。
おわりに
いかがでしょうか。
「自然は隠れた家庭教師」※8です。
数値で測れたり、すぐに目に見えるような変化が得られないと、どうしても効能が感じづらいものですが、自然は確実に、子どもたちに、幸せに生きるための武器を与えてくれます。
どこに住んでいても、周りの身近な自然と、その魅力を感じられる心を、私たち大人も持ちたいものですね。
この記事でご紹介したおすすめ文献
※1 「精神科医が見つけた 3つの幸福 最新科学から最高の人生をつくる方法」(樺沢紫苑、飛鳥新社、2021年)
※2 「ロスの精神科医が教える 科学的に正しい 疲労回復 最強の教科書」(久賀谷亮、SBクリエイティブ、2019年)
※3 「脳の外で考える 最新科学でわかった思考力を研ぎ澄ます技法」(アニー・マーフィー・ポール、ダイヤモンド社、2022年)
※4 「ナチュラル・リーダーシップの教科書」(小日向素子、あさ出版、2024年)
※5 「科学的に幸せになれる脳磨き」(岩崎一郎、サンマーク出版、2020年)
※6 「スタンフォード大学 マインドフルネス教室」(スティーヴン・マーフィ重松、講談社、2016年)
※7 「子育てベスト100─「最先端の新常識×子どもに一番大事なこと」が1冊で全部丸わかり」(加藤 紀子、ダイヤモンド社、2020年)
※8 「子どもの「遊び」は魔法の授業」(キャシー ハーシュ パセック、アスペクト、2006年)
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