近年、発達障害のある子どもたちの「マスキング」と言う言葉を聞いたことがありますか?
(「補償戦略」や「カモフラージュ」とも言われますが、厳密には異なります。)
特に、女の子の場合は発達障害が目立ちにくいことが多く、支援が遅れるケースもあります。
「うちの子は学校では問題なく過ごしているように見えるけど、家では疲れ切っている…」
「友達とも普通に話せているように見えるのに、なぜか本人は学校に行きたがらない…」
こんな様子が見られる場合、もしかすると『マスキング』が関係しているかもしれません。
この記事では、マスキングの特徴や背景、リスクを解説し、親御さんができるサポートについて詳しくお伝えします。
発達障害やギフテッドのマスキング現象とは?
マスキング(Masking)とは、発達障害(特にASDやADHD)の特性を、周囲に合わせるために隠したりカモフラージュしたりすることを指します。
過剰適応もこの状態の表れの一つといえます。
特に、女の子や知的能力が高い子(ギフテッドの子どもたち)によく見られる現象で、学校や社会の中で「普通に見える」ように振る舞うことで、周囲からの指摘を避けようとする場合が多いです。
なお、発達障害の特性とギフテッドの子どもたちに見られるようなギフテッド性による特性は本来分けて考えるべきですが、ここでは「特性を隠す」という観点でまとめて解説しています。
マスキングの主な例
- 周りの子の行動を真似して、自然に見えるようにする
- 自分の苦手なことを隠し、できるように見せる
- 本当は人と話すのが苦手でも、作り笑いや相づちで会話を合わせる
- 感覚過敏(音・光・服の感触など)があっても、我慢する
一見、問題なく適応しているように見えますが、本人は強いストレスを感じているのです。
発達障害やギフテッドのマスキング現象:女の子に多い?
マスキング現象について親御さんからご相談を受けるときに、相談の対象が女の子のケースが多いです。
なぜ女の子の場合が多いのか、研究では、以下の要因が指摘されていますので一部をご紹介します。
- 発達障害の診断基準は主に男の子の特徴に基づいており、女の子の特性は見過ごされやすい(Lai et al., 2015)※1:女児のASDの診断は、男児に比べて約2年遅れるなど(Hull et al., 2020)※2
- 女の子の脳は、社会的コミュニケーションに関与する領域の働きが比較的強い
(Lai et al., 2017)※3 - 女の子は社会的に、「周りに合わせること」「協調すること」を求められることが多く、マスキングをしやすい(Rynkiewicz et al., 2016)※4
このように、女の子は生まれつき共感や模倣能力が高い、社会的な女性として期待される振る舞い方が、発達障害の特性を隠すマスキングを助長する要因と考えられています。
具体的には以下のような生物学的要因と社会的要因の両方が関係しています。
生物学的要因
ミラーニューロンの働き
:ミラーニューロンは、他者の行動を観察して学ぶ役割を持つ脳の神経細胞です。研究によると、女性の脳では共感や模倣に関わる領域(前頭前野や側頭葉)の活動が活発であることが示唆されています。
脳梁(のうりょう)が大きい
:男の子よりも女の子の方が左右の脳をつなぐ脳梁が大きいため、言語や感情の処理がスムーズに行われ、他者の行動を言語的に理解し、再現しやすい傾向があるとされています。
エストロゲン(女性ホルモン)
:エストロゲンは、共感力や対人関係に関する脳の機能を強化すると考えられています。周囲の人の感情や行動を敏感に察知し、真似する能力が高まる場合があります。
社会的要因
幼少期からの期待と環境
:女の子には「おとなしくする」「空気を読む」「協力する」といった行動が社会的に男の子よりも求められてきました。幼い頃から「周囲をよく観察し、適応する」ことを学ぶ機会が女の子の方が期待されてきたことも背景の一つです。
(例えば、親が女の子に対して「○○ちゃんの気持ちを考えようね」と感情や人間関係に関する教育をすることが多く、自然と模倣能力が養われることも背景だと考えられます。)
友達関係の違い
:女の子の遊びは会話を中心にしたもの(ごっこ遊び、ロールプレイ)など、他者の行動を真似する機会が多いです。一方で、男の子は競争的な遊び(戦いごっこ、ルールのあるスポーツ)が多く、模倣よりも自己主張を重要視した遊びに触れ合うことが一般的に多いとされています。こうして女の子は幼い頃から高い共感や模倣のスキルを活用した遊びをすることで、より共感や模倣のスキルが身につくといえるでしょう。
発達障害やギフテッドのマスキング現象のリスク
上でご紹介したように、女の子は、発達障害があっても「場の空気を読む」「周囲に溶け込む」ことができるため、問題が目立ちにくいのです。
しかし、無理に周囲に合わせようとする(=マスキングを続ける)ことで、後に疲れやストレスが蓄積し、次のような問題を抱えやすくなります。
強いストレスや疲労
・一日中「普通のふり」をするため、学校から帰ると極度に疲れてしまう
・夕方になると、急にイライラしたり、癇癪を起こしたりする
自己肯定感の低下
・「本当の自分を隠さないと、受け入れてもらえない」と感じる
・無理に人と合わせようとし、「自分はダメな子なんだ」と思い込んでしまう
思春期以降の精神的な問題
・うつ病や不安障害のリスクが高まる(Hull et al., 2021)※4
・摂食障害のリスクが高まる(Westwood & Tchanturia, 2017)※5
「問題がないように見える」=「困っていない」ではないという視点を持ち、女の子の発達の特性を見極めることが重要です。
「見た目」だけで判断しない
マスキングをしている子は、表面的には困っていないように見えます。
また、本人が自分の困り事や頑張りを自覚していない場合もあります。
しかし、以下のようなサインがあれば、本当は苦しんでいる可能性があるため、慎重に見守ることが大切です。
🔸 学校ではおとなしいのに、家で癇癪を起こす
🔸 学校で「頑張っている」様子が見られるが、家ではぐったりしている
🔸 友達がいるように見えても、家では「本当は誰とも話したくない」と言う
マスキング現象と向き合うための対処法3選
1.「頑張りすぎなくていい」と伝える
マスキングをしている子は、「みんなの普通」に合わせようとして特性とのギャップを埋める努力をします。
まずは「ちゃんとしなきゃ」と、子どもが無理をしていることを受け止めましょう。
そして、「周りに合わせなくても大丈夫だよ、一緒にやり方を考えようね」「おうちではリラックスしてね」と親御さんから伝え、安心できる環境を作りましょう。
2.学校の先生と連携する
「学校では問題ないと言われたけど、家では大変」という場合、学校側と情報共有をすることが大切です。
「家ではこんな様子で、学校ではこういう時が辛いと言っています」と具体的に伝えると、先生も気をつけて見守ってくれることがあります。
スクールカウンセラーなどに相談してみるのもいいでしょう。
3.必要に応じて専門機関に相談
マスキングが続き、本人がつらそうにしている場合は、専門機関への相談も検討しましょう。
子ども自身が「大丈夫だよ」ということも少なくなく、具体的に何をすべきか支援が難しい場合もあります。
発達支援センターや心理士、児童精神科などに相談することで、困り感に本人が目を向け、適切な支援が受けられるきっかけになるでしょう。
まとめ:マスキングの可能性を考えよう
もし、お子さんが「学校では普通に見えるけど、家では疲れ切っている」ような様子がある場合、マスキングの可能性を考え、無理をさせない環境を整えることが重要です。
大切なのは、「ありのままのお子さんの心を理解し、状態に寄り添い、安心できる場所を作る」こと。
お子さんが無理をしなくてもよい環境づくりを、一緒に考えていきましょう。
マスキング現象とは、発達障害の特性を周囲に合わせるために隠すこと
女の子や知能の高い子どもに多く見られ、診断が遅れやすい
マスキングを続けると、ストレスや精神的な問題につながる
「見た目」ではなく、「本当の困りごと」に目を向けることが大切
我が子はギフテッド?子どもの知能と才能を調べてみましょう
参考文献・エビデンス
以下に、本文で紹介したエビデンスは以下をご覧ください。
※1
Lai, M.-C., Lombardo, M. V., Ruigrok, A. N. V., Chakrabarti, B., Auyeung, B., Szatmari, P., … & Baron-Cohen, S. (2015).
“Quantifying and exploring camouflaging in men and women with autism.”
Autism, 19(4), 491–504.
※2
Hull, L., Mandy, W., Lai, M. C., Baron-Cohen, S., Allison, C., Smith, P., & Petrides, K. V. (2020).
“Development and validation of the Camouflaging Autistic Traits Questionnaire (CAT-Q).”
Journal of Autism and Developmental Disorders, 50(6), 2244–2256.
※3
Lai, M.-C., Lombardo, M. V., Auyeung, B., Chakrabarti, B., & Baron-Cohen, S. (2017).
“Sex/Gender differences and autism: setting the scene for future research.”
Journal of the American Academy of Child & Adolescent Psychiatry, 56(8), 591–603.
※4
Hull, L., Mandy, W., Petrides, K. V., & Lai, M.-C. (2021).
“Masculinity and femininity differentially moderate relationships between camouflaging and mental health in autistic adolescents.”
Autism, 25(6), 1682–1696.
※5
Westwood, H., & Tchanturia, K. (2017).
“Autistic traits, anxiety, and eating disorder pathology: A review.”
Advances in Eating Disorders, 5(1), 1–17.