「ストレス」という言葉は日常生活でたくさん使われていますよね。
子どもがいうことを聞かなかったり、ママ友との関係で悩んだり、やることがたくさん残っているのに片付かなかったり、これらも「ストレス」と認識されていることと思います。
心や体の健康を保つために、日常生活でこの「ストレス」といかに付き合っていくかは重要なポイントです。
そもそもの正体は何なのでしょうか?
この記事では、学術的な側面や代表的な研究をご紹介しながら、身近であり抽象的なこの「ストレス」について解説します。
「ストレス」との付き合い方のヒントにしてみて下さい。
この記事を書いた専門家
山崎 日菜乃
公認心理師、臨床心理士
心理士としてメールカウンセリングに3年半従事し、家族関係の悩み、心身の不調、仕事の悩みなど、様々な困り事へのサポートを行う。アメリカ合衆国在住。
目次
ストレッサーとストレス反応
「子どもが言うことを聞かなくてストレスだ」「ストレスで胃が痛い」「ストレスが溜まっている」など、ストレスは私たちにとってとても馴染み深い言葉ですよね。
実は、学術的には、ストレスは以下の2つの要素に分けることができます。
・外部からの刺激によって心や体に生じる反応=「ストレス反応」
・その反応を生じさせる原因=「ストレッサー」
先ほどの例では、“胃が痛い“はストレスにより正じる反応なのでストレス反応、” 子どもが言うことを聞かない“は原因なのでストレッサーと言えます。
「ストレス」の誕生
「ストレス」という言葉は、もともと物理学で使われていて、外からの力によって生じる応力(抵抗力)を意味していました。
その後、1930年代にカナダのハンス・セリエという生理学者の研究活動により、医学の分野でストレスという言葉が使われるようになっていきました。
セリエは、実験動物に有害な刺激(=ストレッサー)を与えると、刺激の種類に関係なく体がそれに適応しようとして共通の反応を示すことを発見し、「ストレス学説」を提唱しました。
そして、それらの体の反応を「ストレス」と定義したのです。
「ストレス」のプロセス
ストレッサーを感知すると、まず体温・血圧・血糖値の一時的な低下やそれらを元に戻そうとする等の緊急反応が起こります。(警告反応期)
次に、ストレッサーと抵抗力のバランスがとれて一時的に安定し(抵抗期)、その後もストレッサーが長引くとエネルギーが消耗し抵抗力が衰え病気になる(疲憊期)という一連の過程をたどります。
これらの反応は、生物が適応しようとするきちんとした仕組みで、少し難しい言葉を使うと「汎適応症候群」といいます。
ストレスについての研究が始まった頃、病気は病原体によって引き起こされるものと考えられていましたが、このようなセリエの研究により、ストレスも健康に影響を及ぼすことが知られるようになったのです。
ところで、もちろん大人だけでなく子どももストレスを感じます。
特に、子どもの場合は、大人よりも精神的なストレスが体の不調となって表れることが多いです。
例えば、頭痛や腹痛、おねしょ、食欲不振・食べ過ぎなどといった不調が起こっているのに身体的な原因が見つからない場合、ストレスのサインである可能性が高いです。
このように、ストレスが体の不調を引き起こしうるという知識は、お子さまの健康管理や生活習慣・環境の改善にも役立ちます。
嬉しい出来事もストレスになる?「ライフイベント理論」
セリエの研究はストレッサーに対する体の反応や生物的ストレスに着目したものでしたが、1950年代になると心理的ストレスについても研究が進みました。
中でも、アメリカの心理学者ホームズと内科医のレイは、様々な病気の発症と人生に起こる出来事(以下、「ライフイベント」)との関係に着目した研究を行いました。
具体的には、あるライフイベントを経験した後に、再びいつも通りの生活に戻るまでに必要な心のエネルギー量(LCU得点:Life Change Unit Score)を数値化することで、どのようなライフイベントがどのくらい強いストレスであるかを示しました。
例えば、「配偶者の死」だと100点、「結婚」だと50点、「失業」だと47点、などです。
それらをまとめたものが「社会的再適応評価尺度 (Social Readjustment Rating Scale:SRRS)」です(1967年発表)。
また、過去1年間に体験したLCU得点の合計が高いほど、今後1年間に体や心の健康を損なう可能性があると指摘したのです。
具体的には、150点未満では30%、150~299点では50%、300点以上になると80%の可能性になります。
ホームズとレイの研究によって、配偶者の死や失業といった悲しい出来事だけでなく、結婚や昇進といった喜ばしい出来事もストレスとなることが明らかになりました。
これは、喜ばしい出来事も環境や生活スタイルの変化を伴ったり、その出来事自体が心への刺激になったりするためです。
さらに、一つ一つは小さなストレスでも、複数個重なったり続いたりすることで健康への影響が強くなることも知られるようになりました。
子どもの場合も、例えば、友達とのケンカや望まない転校といった悲しい出来事だけでなく、ずっとやりたかった習い事を始めたり、班長やリレーの代表などの立場に選ばれたり、好きな子ができたり、待望のきょうだいが生まれるといった、喜ばしく思える出来事も変化や刺激を伴うためストレスになり得ます。
特に、そういった出来事が幾つか重なったり、お子さまがいつもと違う様子である時は、意識的に休息をとらせてあげたり、話を聞いたり、保護者の方がいつも通りの振る舞いを心がけるのもいいと思います。
ストレスの受け方が人によって違うのはなぜ? 「トランスアクショナルモデル」
以上のように、ホームズとレイの研究はライフイベントに伴うストレスの強さを一般化して整理したものでしたが、その後、ストレッサーに対する認知やストレス反応の“個人差“が注目されるようになりました。
この、出来事の個人的な意味合いによってストレス反応が異なることを明らかにしたのが、アメリカの心理学者であるリチャード・ラザルスらです(「ストレスのトランスアクショナルモデル」)。
これは、あるストレッサーが人に及ぼす影響は、その人がそのストレッサーをどう評価しどう対処するかによって異なるということを示したモデルです。
またラザルスらは、ストレスを、「個人が活用できる資源を超える要求を人が認識した時に経験する状態や感情」であると定義しました。
「トランスアクショナルモデル」:ストレスのプロセス
ここで、人がストレスを感じてから、そのストレスに対処するまでのプロセスを以下で紹介します。
1. ストレッサーにさらされる
2. そのストレッサーがどのくらい重要かを評価する(一次的評価)
3. 自分がどのくらいそのストレッサーに対処できるかを評価する(二次的評価)
4. ストレッサーが重要であったり対処できそうにないと感じられると心理的な負担を感じ、様々なストレス反応を示す
5. 心理的負担を軽減するための様々な方法を行う(「ストレスコーピング」)
一時的にストレス反応が生じても、コーピングが成功すれば健康を保つことができますし、一方でコーピングが失敗するとストレス反応が慢性化し、心理面・身体面・行動面に悪影響が生じます。
個人差について、例えば、明日病院に行って健康診断を受けなければならないという状況で、病院も健康診断も怖くもなんともない人にとってこのストレッサーは重要ではなく、ストレス反応やコーピングをする必要はないでしょう。
しかし、病院が怖かったり病気が見つかったらどうしようと思う人にとってはこのストレッサーは重要かもしれません。
また、怖さやドキドキを自分ではコントロールできないかもしれない等と感じると、例えば不安な気持ちになったりお腹が痛くなるといったストレス反応が起きたり、誰かに不安な気持ちを話したり気分転換をするといったストレスコーピングをすることになるでしょう。
それらのコーピングが成功すると一時的なストレス反応から回復して健康を保つことができますが、例えば健康診断の予約をなかったことにするなどの不適切なコーピングを行ってしまうと、ストレス反応が慢性化してしまう可能性も考えられます。
このように、ラザルスらの研究により、ストレスは個人と環境との相互作用によって生じるものであるということが知られるようになりました。
また、ストレッサーへの評価やコーピングを含めたプロセスが明らかになったことで、ストレスといかに付き合っていくかという治療・予防的観点でもストレスの概念が役立てられるようになっていきました。
子どもの場合も、例えば、「発表会で失敗したらみんなに笑われる」「きっと自分は上手くやれないだろう」というように、ストレッサーへの評価によって自分で自分を追い詰めてしまうこともあるでしょう。
そういう時は、子どもの考えや気持ちを聞き、他にどんな考え方があるかを一緒に考えてみるのもいいですね。
また、ストレスコーピングとしては、子どもがやりたいことをやらせてあげたり、一緒に運動したり、歌ったり、料理や工作をするなどして、一緒にコーピングに取り組んでみるのもいいですね。
おわりに
今回ご紹介した代表的な3つの研究で分かったことをここにまとめてみます。
ご紹介した研究から分かったことは、皆さんも知識として、もしくは経験としてご存じのことも多かったかもしれません。
ストレスという言葉が身近に使われるようになったことで、ストレスに関する情報も得やすくなりました。
面白いなと思った点や気になった研究があれば、さらに調べてみていただけたらと思いますし、これらの知識がご自身やお子さまの健康に少しでも繋がれば幸いです。
参考文献
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