性教育というと、何をどこまで教えれば良いのかについては親として悩ましいところがありますし、専門家の中でも議論があるところです。
今回は、性教育の中でも、家でも保育や教育等の場でも簡単に行うことができ「プライベートパーツ」についての教育を紹介したいと思います。言葉と意識一つで、子どもの心と体の安全を守ることができるので、ぜひ実践してみてください。
この記事を書いた専門家
杉野 亮介
公認心理師、臨床心理士
教育支援センター、スクールカウンセラーとして教育分野で不登校支援等に携わった後、児童福祉施設で心理士として20年間以上従事。児童虐待を受けた子どもや発達凸凹のある子どもたちへの心理的支援、生活のケアを行う。
はじめに
人間において「性」というものは非常に大切なものです。
しかし、その性質上、親から子へ、あるいは、公的な場での教育において、どう扱えば良いのかということについては、悩ましいところがあります。
できるだけ早期にオープンにした方が良いという考え方にも共感しつつ、いざ自分がするとなると恥ずかしい思いがしたり、子どもにどこまで何を伝えたら良いのか分からないという思いを抱くのも間違ったことではありません。
一方で、私が子育て支援の現場で感じるのは、ふざけて体を触り合って遊んだり、ちょっかいと称して性器を触り合うような遊びをすることは間違っていて、そういうこと早急に改善していくような教育は必要だということです。
そのような遊びは、子どもの安心安全を脅かしていて、子どもの発達などにも悪い影響を与えていると言えるのですが、他者の体や性器を触ることに対して「緩い」感覚を持っている大人が多すぎると私は感じています。
近年は性教育の必要性を訴える声が増えていますが、現状を考えるとそれも当然の結果であるでしょう。
それでは、どんな形の性教育が望ましいのでしょうか。
この点に関しては、各家庭や各機関・専門家の考え方もあると思いますし、そもそも「性」を教育するというスタンスで扱うことが正しいのか、もっとフランクに扱うものではないのかという議論もあるでしょう。
それでも、子どもの心と体の安全を守りたいという思いは、どなたも共感してもらえると思います。
そこで、子どもの心と体の安全を守るための第一歩として、どんな家庭でもどんな保育や教育の場でも簡単に取り組むことができ(大人側も抵抗感なく扱うことができ)、効果的な取り組みについて紹介していこうと思います。
「プライベートパーツ」について
今回紹介する取り組みは、大人と子どもとの間で、「プライベートパーツ」について、共通認識を持つというものです。
簡単に言ってしまうと、これだけです。
「プライベートパーツ」とは、基本的には「水着で隠れるところ」と考えてください。
「顔」やあるいは「口」「耳」「穴が開いている」を含むという考え方もあります。
ちなみに私自身は「顔」も含めて考えています。
それはシンプルに顔を触られることはとても嫌なことですし、危険も伴うと感じるからです。
この辺りは、各家庭や各機関で議論していただければ良いと思います。
また、「水着で隠れるところ」という表現も、以前であれば水着が男女別々のものでしたが、最近は性別問わずに同じ形のものが増えているというのも興味深いですね。
プライベートパーツについて、子どもに伝えるべき5つのこと
さて、この取り組みで、子どもに伝えることは以下の5点だけです。
・「水着で隠れるところはプライベートパーツと言います」
・「プライベートパーツは、とても大切なところです」
・「他の人のプライベートパーツを、触っても見てもいけません」
・「自分のプライベートパーツを、他の人に触らせても見せてもいけません」
・「もし自分のプライベートパーツを触られそうになったり、見られそうになったら、大きな声で嫌と言って逃げましょう」
「プライベートパーツ」という言い方が気になる方は、もちろん別の言い方をしてもらってもかまいませんが、実際に児童心理の現場などで子どもに対しても幼児にも使っています。
その言葉を聞いただけでは内容が分かるような分からないような言葉というのが、意外に良いと思います。
大切なことは、呼び方ではなく、大人と子どもとはこの考え方を共有するというところにあります。
なお、「プライベートパーツ」以外は触っては良いのかというとそうではありません。
ここでは分かりやすいように「プライベートパーツ」に絞って話をしていますが、子どもの性格や置かれている状況によっては、「他者の体を触ってはいけない」と教えてあげた方が分かりやすいこともあります(もちろん、授業中に先生の指示がある時は良い、等の例外もあります)。
そのあたりはケースバイケースになってきます。
ただ、私がこの取り組みを通じて感じることは、「プライベートパーツ」について理解できた子どもの多くは、自分から「でも、プライベートパーツ以外も触ったらダメだよね」「簡単に体を触るのはおかしい」と話してくれます。
ここまでの理解が進めば、少し安心ですので、本当はここを目的としたいのですが、まずは分かりやすく「プライベートパーツ」について話し合うことが良いかなと思っています。
プライベートパーツは、異性同性問わずに
「プライベートパーツ」について説明をさせてもらう際に必ずいただく質問が「それは同性であってもダメですか?」というものです。
「プライベートパーツ」は自分自身にとっての大切な場所ですので、相手の性別は問いません。
また、身体接触等に関しても、私は「同性なら良い」という考え方にはリスクがあると思っています。
保育の場等では、子どもの着替えやトイレの介助にあたっては、同性の保育士が行うという配慮がされている施設もあります。
異性よりも同性の方が安心できるという保護者の方の声が多いという背景があるのだと思いますが、残念ながら同性なら安心というわけではありません。
同性から性的な被害に遭うということは決して珍しいことではないからです。
あわせて、最近は多様な性の在り方が認められ始めています。性別と言っても、体つきに基づくものなのか、心の在り方に基づくものなのか、などがあります。
相手が男性か女性かで対応を区別するという考え方自体が不適切なものになりつつあるのです。
性別を問わず、個々人を大切にするような対応をとることが求められていると言えるでしょう。
「プライベートパーツ」を使うメリット
大人と子どもの共通言語
メリットの1点目として、これは最も大切なことですが、大人と子どもとで「プライベートパーツ」という共通の言葉を使って話をすることができるということです。
子ども同士がじゃれ合って体を触ったりして遊んでいる時に「くっつきすぎ」とか「ふざけすぎ」と注意するのではなく、「プライベートパーツって何だった?」「なんで触ったらダメなんだった?」「今の遊び方はどうかな?」等と声をかけることができます。
大人と子どもとの間で、事前に共通認識を持っておくことができれば、子どもも何か困ったことや不安なことがあった際に、大人に相談しやすくもなります。
誰に対しても使える
メリットの2点目として、誰に対しても実施できるということです。
親子ではなく、教育や保育の場で性的なことを扱う際には、家庭環境をはじめ、色々なことに配慮する必要が出てきます。
たとえば妊娠のことを扱うとなっても、何らかの事情で母親と離れて暮らしている子どもに対しては配慮が必要でしょう。
また、数は多くないかもしれませんが、性的虐待を受けたり、何らかの被害にあったりして、性的なトラウマを抱えている子どももいますので、もちろん配慮が必要です。
さらには、大人側が知っている情報が全てではないということも頭に入れておかないといけません。
大人としては配慮していたつもりが、大人側が把握していなかった過去が子どもにあって、子どもが傷ついてしまったということもあります。
「性」は人間にとってとても大切なことであるがゆえに、特に色々な子どもに対して扱うことになる教育や保育の場では配慮が必要になります。
しかし、この取り組み自体は非常に簡単な内容ですので、年齢的には、就学前の子どもたちにも十分可能です。
また、この取り組みは安全性が高いので、多くの子どもに実施可能です。
性器のイラストを見せる必要もありませんし、自身の成育歴を振り返る必要もなく、一つのルールとして説明し、みんなで共有することができます。
子どもを守ることができる
メリットの3点目として、子どもを守ることができるということです。
残念ながら、子どもをターゲットにした性犯罪について日々報じられていると言っても過言ではない現状があります。
加害者の多くは、性的な目的を隠して子どもに近づき、子どもの体を触ったり、子どもの体を見ようとする人たちです。
「プライベートパーツ」についての話を聞いていれば、相手の人が「マッサージをしてあげる」など、いかに巧妙に近づこうが、体を触られたり、「プライベートパーツ」に触れられた時に、子ども側に「これはおかしい」という感覚が必ず芽生えます。
「プライベートパーツ」について全く何も知らない場合と、話をしてもらったことがある場合とを考えると、後者の方がリスクを避けることができる可能性がぐっと高まるのです。
適切なコミュニケーションの距離感を身につける
メリットの4点目として、適切な距離感やコミュニケーションの方法について考え、身につけることができるということです。
この取り組みを行うことで、自然と適切な距離感について、大人も子ども考えることになります。
今まで体を触ってちょっかいをかけることで友だちの気を引こうとしていた子が、それは良くない方法だと知って、「ねぇ、遊ぼうよ」と言えるようになります。
そして、適切な距離感を身につける子どもが増えることで、対人トラブルが劇的に減少していきます。
対人トラブルが減ることで、その集団にいる子どもにとっては、直接的にトラブルに遭うことも減りますし、トラブルの場面を目にすることも減っていきます。
そうなってくると、それまで落ち着かなかった子どもも落ち着いていくということがよくあります。特に、ADHDやASD等の特性があって、刺激に弱い子ども達には、目に見えるほどの効果が出てきます。
この取り組みを始めた頃には、そこまでの効用を私は考えていませんでした。
以前に小学校の先生と話し合っている時のことです。
ある学年が全体的に落ち着かない感じがあるということだったので、この「プライベートパーツ」についての話をしたところ、先生から「そう言えば、この学年は他人にちょっかいをかける子が多くて、身体接触がかなり多いと感じていました。学校でも試しにやってみます」と言ってもらいました。
それから数か月後、その先生と再会すると「あの時よりもトラブルがかなり減っていますよ」とのことで、もちろん先生が色々な対応をされた結果ではあるのですが、この取り組みにそんな効果があるとは驚かされました。
おわりに
ここまで読まれて、たかが「プライベートパーツ」の話をしただけでそこまで効果があるのかなと思われるかもしれません。
しかし、少し配慮するだけで効果が出るということは、「プライベートパーツ」とはそれほど我々人間にとって重要なことであるということを示しているのだと私は思います。
残念ながら、この考え方や取り組みがまだ十分に広まっているわけではありません。
この記事を読まれて、少しでも興味をもたれた方は、是非実施してみてください。
そして、もし可能であれば、「こんな考え方があるらしいよ」と広めて下さると嬉しいです。
その輪が広がっていき、多くの子どもの心と体の安全が守られていくことを願っています。
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