【専門家が解説】「バランスがいい」と言われたのに|ギフテッドの見えにくい困りごと
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【専門家が解説】「バランスがいい」と言われたのに|ギフテッドの見えにくい困りごと

「検査結果を見ると、指標間の差もなくバランスがいいと言われました。でも、毎日苦しそうで……」

私は、臨床現場で、そう話す親御さんの表情に、安堵と困惑が混じっているのをよく見てきました。

検査では「問題ない」と言われた。でも、目の前の子どもは苦しそうにしている。その矛盾をどう受け止めればいいのか、わからなくなってしまう。

「凸凹がない=困りごとがない」ではありません。特に学校生活においては、同じ年に生まれたというだけで同じ学年というコミュニティが形成されます。

知的水準が大きく異なっていても、同じ授業を受け、同じ話題で過ごすことが求められる。

その構造の中で「合わない」「うまくいかない」ということは、必然的に起こりやすくなるのです。

この記事では、見えにくいからこそ見過ごされやすい、気づかれにくいからこそ積み重なっていく困りごととその背景、支援の方法について、専門家が詳しく解説します。

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日塔

「バランスがいい」は「問題がない」ではない

WISC-Vの結果で、FSIQが高く、指標間の差も小さい場合、専門家からは「能力が高い」「バランスが取れています」「特に気になる差は見られません」と言われ、場合によっては「大きな問題はないかと思います」と伝えられた親御さんもいるかもしれません。

数値だけを見れば確かに「バランスが取れている」「気になる差がない」とはなります。

ただ、困りごとの有無は、指標間の差だけで決まるわけではありません。

ここで大切になるのが、「絶対的な高さ」という視点です。

すべての指標が高水準でまとまっているということは、その子の知的水準全体が同年齢集団と大きくかけ離れているということでもあります。

全指標が高水準であること自体、同年齢集団の中では少数です。

つまり、この子たちは「指標間の凸凹」という困りごとは抱えていないかもしれないけれど、「同年齢集団の中での少数性」という別の困りごとを抱えている可能性があります。

  • 授業のペース
  • 友達との話題
  • クラスの雰囲気

あらゆる場面で「自分だけ何かが違う」という感覚が積み重なっていくことが、この子たちの生きづらさの根っこにあることが多いです。

高IQ・凸凹なしの子が抱えやすい困りごと

知的な退屈・慢性的な物足りなさ

学校の授業ペースは、私立では学校によって異なりますが、特に公立の小学校・中学校では、クラスの中で平均よりもやや下の子のペースに合わせることが多いと言われます。

最近は授業数の不足などの事情もあり、必ずしもそうできているとは限らないのですが、少なくとも公立の学校において、クラスの中で勉強が「できる子」たちに合わせられることはまずないでしょう。

そのような環境の中で、知的に高いお子さんにとっては、授業内容がすぐに理解できてしまったり、すでにわかっていることを繰り返す授業は、苦痛になり得ます。

「またこれか」という感覚が積み重なると、意欲が持てなくなります。集中できない姿が周りの人には「怠けている」「やる気がない」と映ることもあります。

でも実態は、物足りなさによる消耗です。努力が必要な場面がなさすぎることで、かえって「頑張り方がわからない」という状況に陥ることもあります。

「話が合わない」という孤立

日常での小さな経験が知らず知らずのうちに距離をつくっていきます。

  • 同年齢の子どもたちの話題や興味の範囲が合わない
  • 深く考えすぎて、会話のテンポについていけない
  • なぜそんな話題で盛り上がれるのか分からない
  • 自分の考えを伝えると、理解されなかったり引かれたりする

友達がいないわけではない。でも、どこかずっと「本当の自分」を出せていないという孤独感を抱えている子が少なくありません。

むしろ「本当の自分」を隠した方がうまくいった。そんな成功体験を得たことがある子もいます。

「できて当たり前」というプレッシャー

困っていても、「この子なら大丈夫」と周囲に受け止められてしまう。
SOSを出しても「あなたならできる」と返ってくる。

助けを求めても届かなかった経験が積み重なると、「どうせ言っても無駄」という感覚が育っていきます。

「できる子」というイメージが、助けの入口を閉じてしまうのです。

そしてやがて、困っていること自体を「自分の弱さ」として捉えるようになったり、「これくらいで苦しいのは甘えだ」と、自分を責める方向に向かってしまうこともあります。

できて当たり前と見られ続けることが、知らないうちに子どもの自己認識を歪めていってしまうことにつながります。

内側の燃え尽き

表面上はこなせているように見えても、常に「周囲に合わせ続ける」という消耗は子どもの内側に積み重なっています。

学校では問題なく過ごしているように見えるのに、帰宅すると崩れてしまう。長期休み明けに急に動けなくなる。

そういった形で、燃え尽きが表面化することがあります。

学校という場所で「普通の自分」を演じ続けることに、膨大なエネルギーを使っているのです。

それが外側からは見えないまま、毎日続いて積み重なる。

「うちの子、学校では頑張れているみたいで」という言葉の裏側に、こうした消耗が隠れていることがあります。

帰宅後の崩れや、休日の無気力は、甘えでも気分のムラでもなく、使い果たしたエネルギーの回復に時間がかかっているサインかもしれないのです。

なぜギフテッドは困りごとが「見えにくい」のか

ギフテッドの子どもたちの困りごとが見えにくい理由は、いくつかあります。

1つ目は、困りごとが行動上の問題として表れにくい点です。

授業態度が悪いわけでも、友達と目立ったトラブルを起こすわけでもない。テストの点数もいい。

「支援が必要な子」として認識されるきっかけが、なかなか生まれません。

2つ目は、外側の評価が内側の消耗を隠してしまうことです。

「成績がいいから大丈夫」
「しっかりしているから心配ない」

こうした状況は、親御さんにとっても安心材料になりやすいでしょう。

結果として、子どもの内側で何が起きているかを見る機会が減ってしまいやすくなります。

加えて、子ども自身も気づきにくいです。

「自分がおかしいのか」「これくらいで苦しいのは甘えなのか」という自己否定に向かいやすく、助けを求めることへの抵抗感が育ちやすいのです。

表面上は「問題ない子」に見えるほど、内側の苦しさは置き去りになりやすいのが、このパターンの、最も難しいところです。

ギフテッドの子どもたちに必要な理解と関わり方

こうしたギフテッドの子たちに重要なのは、「困りごとがない」ではなく「困りごとが見えにくい」という前提に立つことです。

その前提がなければ、必要な関わりは生まれません。

知的な物足りなさへの対応

学校の授業だけでは知的な充足が得られないケースでは、学校外の学びの場を意図的に確保することが有用です。

興味を深掘りできる習い事、図書館、オンラインの学習コンテンツ、博物館や科学館など「もっと知りたい」という欲求に応えられる環境をつくることが、学びの意欲の維持につながります。

また、授業中の過ごし方に関しては、担任の先生にも協力を仰ぐことが大切です。

問題やプリントが早く終わったときには「ただ待つ」時間にするのではなく、お子さんのレベル感に合った課題を用意しておき、自分のペースで取り組める時間にしてもらえるよう相談してみましょう。

学校と家庭が連携することで、授業中の物足りなさを少しでも和らげることができます。

孤立への対応

同じような知的水準や興味を持つ仲間とつながる機会をつくることが大切です。

学校の中では見つかりにくくても、習い事やオンラインのコミュニティなど、学校外に居場所が生まれることで孤立感が和らぐことがあります。

「自分と似た人がいる」という体験は、この子たちにとって大きな支えになります。

「学校」という枠組みにとらわれず、年齢も関係なく、お子さんが「これが好き」「もっと知りたい」と感じられる興味・関心を軸に、居場所を探してみられるとよいでしょう。

感情面のサポート

「できて当たり前」という見方を手放し、努力や感情を言語化して認める関わりが重要です。

「どんな気持ちだった?」「どんなことがしんどかった?」という問いかけを日常に織り交ぜることで、子どもが自分の内側に気づく練習ができます。

どうしても「できた」「できている」という結果のみが見られがちになります。

結果よりもプロセスを見る。それだけで、子どもの表情が変わることがあります。

自己理解の育て方

年齢に応じて、自分の特性を言葉にできるようにサポートすることも大切です。

「自分はこういう頭の使い方が得意」「こういう場面が苦手」という自己認識が育つことで、困ったときに助けを求める力や、自分に合った環境を選んでいく力につながっていきます。

先ほどの感情面のサポートとも重なりますが、小さい頃は「今日はどんなことがしんどかった?」という問いかけを日常的に行うことで十分です。

親御さんから日常の中で問いかけ、一緒に考える時間そのものが自己理解の土台になっていきます。

「できること・得意なこと」「苦手なこと・好きではないこと」の両方を話していくことが大切です。

そのような対話を続けていくことで、「こういう特性がある」と徐々に自己理解が深まっていきます。

そして、状況によっては「こういうサポートが自分にはあるとよい」と考えられることにもつながります。

その力が、長い目で見たときの、最も大切な支えになっていきます。

「何も問題ない」という言葉の裏側を見る

検査結果が「全体的に高水準で凸凹がない」ことと、日常生活が「楽」であることは、別の話です。

数字の上では問題がない、でも、子どもは苦しそうにしているという状況は、見えにくい場所に、確かな困りごとがあるというサインです。

検査を受けに行った、あるいは相談に行ったということ自体が、まずはお子さんなり、親御さんなりから発されたSOSでもあると私は思っています。

「なんか苦しそう」という感覚を大切にすることが、。見えにくい困りごとを抱える子どもにとって、何よりの支えです。もちろん完璧に理解できなくていいですし、必要な時には専門家を頼っていただければと思います。

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