変化の激しい現代において、学力やIQといった測定可能な力だけでなく、非認知能力といわれる子どもの内面の力にもますます注目が集まっています。
2015年に始まった国際的な教育プロジェクトである Education2030では、子どもたちがこれからの社会を幸せに生き、よりよい社会を築いていくために必要な力やそれらを育む教育のあり方について議論が重ねられてきました。
今回は、Education2030のなかでも特に中心的な概念とされる”エージェンシー”について、その定義や重要性、日本の学習指導要領との関わり、主な研究などを専門家が解説します。

執筆:山崎 日菜乃
公認心理師・臨床心理士
心理士としてメールカウンセリングに3年半従事し、家族関係の悩み、心身の不調、仕事の悩みなど、様々な困り事へのサポートを行う。アメリカ合衆国在住。
エージェンシーとは?教育において注目されている理由
“エージェンシー”は、Education 2030プロジェクトで示された新たな学習枠組みであるラーニングコンパスにおいて中心的な概念として位置付けられています。
エージェンシーとは、変革を起こすために目標を設定し、自分の行いを振り返りながら責任ある行動をとる能力のことです。
また、働きかけられるというよりも自らが働きかけることであり、型にはめ込まれるというよりも自ら型を作ることであり、他人の判断や選択に左右されるというよりも責任をもって判断や選択を行うことという意味も含まれています。
近い日本語として『主体性』という言葉がありますが、エージェンシーは、主体性よりもさらに広い概念で、社会に参加し、自分がやるべきことに気づき、世界に影響を与えることまでをも含んでいます。
つまり、エージェンシーには、自ら目標を立てたり主体的に行動を起こす力だけでなく、社会に対する責任感をもち、自分の行動が社会に与える影響を考えたり、自分の行いを振り返ったり修正する力も含まれているのです。
エージェンシーの考え方は、子どもたち・生徒たちは自分の人生や世界に対してポジティブな影響を与えうる能力と意志を持っているという原則に基づいています。
また、エージェンシーは人格特性ではなく、生涯を通じて伸ばしたり学んだりすることができる能力であると考えられています。
その一方で、決まった型に押し込んだり、大人から子どもへの一方通行の教育をすることなどによって、生徒のエージェンシーを削いでしまう恐れもあるでしょう。
そのため、生徒がエージェンシーを十分に発揮できるように土台作りをサポートし、さらに伸ばしていけるような教育のあり方、環境を整えていくことが大切です。
関連記事:専門家監修 | 2030年の子どもたちに必要な力とは?OECDが示す新たな学びの地図
どうして教育においてエージェンシーが大切なのか?
ウェルビーイングに向かって進んでいくため
エージェンシーは、変化が激しく先行きが不透明な現代社会において、幸福な人生を歩んだりよりよい社会に向かっていく(Education2030の最終目標である個人と社会のウェルビーイングを達成する)ための原動力として欠かせないものだと考えられています。
現在、そしてこれからの社会においては、教えられたことを覚えたり、社会の変化に適応したり、教師や大人の指示に従うだけでなく、自ら問いを立てて考え、社会との繋がりを意識し、責任をもって判断や選択をする必要があるのです。
学び方を身に付けるため
学習面においても、生徒がエージェンシーを育んだり発揮しながら学ぶことで、学習意欲が高まり、より積極的に学ぶことができるようになると言われています。
また、このようにエージェンシーを重視する教育によって、生涯を通して使うことのできる「学び方」という大切なスキルを獲得することができると考えられています。
日本の学習指導要領でも、「学びに向かう力、人間性等」を育むことが1つの柱となっています。
他者と協力する、実践してみるなど、エージェンシーに近い力が日本の教育でも重視されていると言えるでしょう。
生徒だけでなく教員/先生側も、エージェンシーを意識した指導が求められます。
エージェンシーはどのように育まれるのか
エージェンシーの感覚は子どもだけで身につけられるものではありません。
幼い頃から子どもは人との関わりの中で、身の周りの人の意図を理解することを学んだり、自己の感覚(sense of self)を発達させていきます。
これはエージェンシーを育むための大切な第一歩です。
さらに、学校に通うようになると、自分自身の人生に目的意識を持つことができるようになり、目標を設定し行動を起こすことによってその目的を達成できると思えるようになります。
このように、エージェンシーは家族や仲間、教師などと相互に関わり合うプロセスを通して、時間をかけて育まれていきます。
学習場面においても、生徒が学習し、フィードバックを受け、自分の活動の振り返りを行うというプロセスを通して、エージェンシーが育成されると考えられています。Education2030では、学習において、生徒が能動的主体的であることを重視しています。
エージェンシーと学習とはお互いに影響を与え合う関係であると考えられていて、生徒が何をどのように学ぶかというカリキュラムの設計や実施に積極的に関わることで、自らの学習のエージェントとなることができ、より高い学習意欲をもって有意義に学んでいくことができると考えられています。
このように人との関わりや学習を通してエージェンシーを育んでいく上で、
- モチベーション
- 希望(目標に向かう道筋を作れるという信念)
- 自己効力感(自分で対処できるという感覚)
- 成長マインドセット(能力や知能は高めることができるという考え方)
が支えとなると考えられています。
これらの支えがあってこそ、生徒はウェルビーイングの方向(よりよい自分、よりよい社会)に向かって目的意識を持って行動することができ、社会に出ても活躍することができるのです。
エージェンシーと逆境
エージェンシーの感覚を身に付けることは、子どもたち・生徒たちが逆境を乗り越えていく上でもとても重要です。
しかしながら、幼少期に虐待やネグレクトといった逆境に直面した子どもたちは、自分の将来に対する強い向上心を持てず、達成感やモチベーションも低い傾向にあることが知られています。
そのような逆境に直面している子どもたちはもちろんのこと、どのような子どもでも、エージェンシーを発揮し、自分のもつ力を十分に発揮するためには大人のサポートが必要です。
エージェンシーを発揮できるようになるためには、基礎的な認知的スキル、社会情動的スキルを身に付けることが必要不可欠です。
それらの基礎的なスキルがあってこそ生徒たちは、エージェンシーを自分のため、社会のために使うことができるようになります。
基礎的なスキルが不十分な状態では、生徒のエージェンシーを活かす教育方法を行っても高い効果が得られなかったり、かえって逆効果に働いてしまうこともあります。
そのため、逆境に直面している生徒を含めすべての生徒に対して、基礎的なスキルが身に付けられるような十分なサポートや配慮が必要です。
共同エージェンシー(Collaborative Agency)とは
共同エージェンシーとは、生徒が、より良い未来を創造する過程で、保護者や仲間、教師、地域社会の人々などと、双方向的に、個人の尊厳を認め合い、支え合い、互いに学び合う関係性のことを指します。
Education2030では、教育全体をエコシステム(生態系)として捉え、子どもの教育は社会全体との繋がりによって支えられているという視点が重視されており、共同エージェンシーは、エージェンシー(Student Agency)と同様にとても大切な概念です。
子どもが学ぶ場所は学校だけに限りません。子どもは大人と協働したりコミュニティと関わることでエージェンシーを育み、また、コミュニティの人々も子どもや若者たちのニーズ、抱えている問題、世界の見方について学ぶことができます。
このように、生徒と、保護者や教師、仲間、コミュニティはお互いのエージェンシーの感覚に影響を与え合い、共に学ぶことで、子どもの成長やウェルビーイングよい影響をもたらすことができるのです。
こうした共同エージェンシーが土台にあることで、支え合いや学び合いの好循環が生まれ、効果的な学習環境を作ることができると考えられています。
日本の学習指導要領とエージェンシーの関係
現在の学習指導要領にエージェンシーという言葉自体は使われていませんが、「主体的」「主体性」という言葉は頻繁に使われています。
また、「主体的対話的で深い学び」や「学びに向かう力、人間性等」の育成が目指されており、エージェンシーに近い考え方が重視されていると言えそうです。
さらに、2025年9月に発表された学習指導要領の「論点整理」(次期学習指導要領策定に向けて議論するべき論点をまとめたもの)では、「多様な子どもたちの『深い学び』を確かなものに」という方向性が示され、「主体的対話的で深い学び」をさらに実現していくことの重要性が強調されました。
そのためには生徒が自ら課題を設定し解決に向けて取り組む中で、自己の生き方や在り方を考えていく「探求的な学び」をより一層充実させていくべきといった考えも示されています。
また、「自らの人生を舵取りできる力」や「民主的な社会の創り手」の育成が不可欠であることや「社会に開かれた教育課程」にも触れられており、エージェンシーや共同エージェンシーの考え方が反映されていることが伺えます。
それに加えて、現在の学習指導要領で「学びに向かう力、人間性等」としてまとめられている力について、次期の学習指導要領ではウェルビーイングやエージェンシーとの関係を整理する必要があるという言及もされているため、今後さらに具体的な見解が示されることが予想されます。
おわりに
エージェンシーは単なる主体性ではなく、社会との繋がりを意識して、責任をもって行動を起こす力です。
この力は、誰もが人との関わりや学習によって生涯を通じて少しずつ育んでいくことができます。
数値では測ることのできない力だからこそ、ご家庭でのお子さまとの関わりや教育について考える際、そしてご自身のあり方を見つめる際にも、エージェンシーの視点を意識的に取り入れてみていただければと思います。
参考文献
- 松尾 直博, 翁川 千里, 押尾 惠吾, 柄本 健太郎, 永田 繁雄, 林 尚示, 元 笑予, 布施 梓(2020)日本の学校教育におけるエージェンシー概念について : 道徳教育特別活動を中心に. 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 71: 111 – 125
- 文部科学省(2025) 教育課程企画特別部会 論点整理
- OECD(2019)The Learning Compass Concept Notes – Student Agency
- OECD(2020)The Learning Compass Concept Notes – Student Agency Japanese version
- Flourish(2024)OECD Learning Compass 2030 – Glossary
- 河合塾グループ(2021)「エージェンシー」の発揮される 学校教育に向けて

