「ひとりでいること」についてどんなイメージがありますか?
孤独やつまらないといったイメージが浮かぶ人もいれば、リラックスや自由といったイメージが浮かぶ人もいるかもしれませんね。
心理学には「ひとりでいられる能力」という概念があり、その力はポジティブなものだと考えられています。
しかし、小中学生の中には、母子分離不安が強く、「ひとりでいること」に対して不安や恐怖を感じる子どもも少なくありません・
そこで今回は、「ひとりでいられる能力」とはどういうものなのか、なぜ重要なのか、母子分離不安を和らげるためのポイントなどについて解説します。
この記事を書いた専門家

山崎 日菜乃
公認心理師、臨床心理士
心理士としてメールカウンセリングに3年半従事し、家族関係の悩み、心身の不調、仕事の悩みなど、様々な困り事へのサポートを行う。アメリカ合衆国在住。
母子分離不安とは
「母子分離不安」とは、子どもが養育者(母親に限らず子どもにとって愛着のある人)から離れる状況に対し、強い不安を感じることです。
「学校に行きたくない」母子分離不安の子どもにやってはいけないこと【小学生編】の記事では、原因や対処法など母子分離不安の基本を詳しく紹介していますが、この記事では根本的な「ひとりでいられる能力」を詳しく解説していきます。
母子分離不安を解消するために:「ひとり」とは?
日常会話において「一人」は、周りに誰もいない状況や、誰とも関わることのない状態を指すことが多いですよね。
そう考えると、「ひとりでいられる能力」は、周りを頼らず一人きりで何でもこなせる力や寂しくても我慢できる力なのではないかと連想される方もいらっしゃるかもしれません。
しかし「ひとりでいられる能力」の「ひとり」は、誰かがいることに支えられてはじめて成り立ちます。
逆説的ではありますが、誰との繋がりもなければ心理学的に「ひとり」になることはできず、繋がりがあるからこそ「ひとり」になれるのです。(光があるから影が存在できるのと同じようなイメージです。)
この記事では、物理的な一人と区別するために、「ひとり」と表記します。
例えば、家族や友人と同じ空間にいるけれどそれぞれがリラックスして好きなことをしている時、物理的には一人ではありませんが、心理学的には「ひとり」の状態といえるかもしれません。
反対に、部屋に一人きりでいても、心が誰かに振り回されていたり誰かに見捨てられる不安を持ち続けたりしている状態では、心理学的に「ひとり」にはなれていないのかもしれません。
つまり誰かと一緒にいても心理学的に「ひとり」になることができ、一人きりでいても「ひとり」でいられないこともあるのです。
現代ではSNSの普及もあり、心理学的に「ひとり」になるのは以前よりも難しくなってきています。
また、私たちは家族や仲間といったコミュニティのなかで生きているため、普段は「ひとり」を意識することはあまりないかもしれません。
しかし、人間関係でのトラブル、大切な人との別れ、子供の自立など、人生における様々なポイントで「ひとり」としての生き方を問われることがあります。
ひとりでいられる能力:母子分離不安解消のヒントとは
ひとりでいられる能力(capacity to be alone)は、精神分析医で小児科医のドナルド・ウィニコットによって1958年に提唱されました。
それ以前は一人でいることの否定的な側面やリスクに注目が寄せられることが多かったため、ウィニコットはひとりでいることの肯定的側面に注目した最初の精神分析医だと考えられています。
ひとりでいられる能力は、「一人でいても不安に脅かされずにくつろげる力」と定義されていて、基本的には、ひとりの時間を安心して過ごせる力のことです。
しかしながら、ひとりでいられる能力は生涯をかけて高められていくものでもあります。
より高次のレベルとしては、単にひとりの時間を安心して過ごせる力にとどまらず、「自分自身の「個」を感じながらもそれとともに生きていく能力」「アンビヴァレントに耐えながら自分の悩みを自分で悩める能力、自分らしい生き方を体現していく力」とも定義されています。
母子分離不安を持つ子どもは、一人でいることに強い不安を抱えやすく、「ひとりの時間を安心して過ごす」ということが難しくなってしまいます。
就学前の子どもや、小学校に進学したての子どもにとっては難しいことかもしれませんが、ひとりでいられる能力は、子供だけでなく大人にとってももちろん必要な力であり、生涯をかけて磨いていくことのできる力なのです。
ひとりでいられる能力は、「ひとりであることを感じながら、自分で悩み、自分らしく生きていく力」と言えるでしょう。
母子分離不安で悩まない:ひとりでいられる能力はなぜ重要?子どもの将来のための4つのポイント
①心理的に安定していられる
母子分離不安があると、親がそばにいない状況で強いストレスを感じ、リラックスすることができません。
ひとりでいられる能力が身に付くと、ひとりでいる時に過度に不安になったり怖くなったりせず、寛いでありのままの自分でいることができます。
そのため、安心して何かに没頭したり、生き生きと自由に遊んだり創造性を発揮することもできるでしょう。
また、疲れた時やストレスを感じた時も、ひとりになって心や体を回復させることができ心身の健康にも繋がるでしょう。
②自分の気持ちに従って選択できる
ひとりでいられる能力が育っていないと、誰かに見捨てられる不安や一人になることへの不安が強く、無理をして人に合わせすぎたり周りに流されたり、人や物との距離が上手くとれずに依存してしまうこともあります。
これは、母子分離不安を持つ子どもに特に見られる傾向です。
それに対して、ひとりでいられる能力が身に付いていると、自分の意思で考えたり悩んだりして、自分の気持ちに従った選択ができるでしょう。
③挑戦できる
母子分離不安が強い子どもは、親がそばにいないと挑戦する気持ちが持てず、新しい経験を避ける傾向があります。
ひとりでいられる能力が育つと、時には安心できる場所から離れて新しい環境に飛び込んだりやったことのないことにチャレンジするといった、挑戦をすることもできるようになります。
また、挑戦する経験によって新たな学びを得たり、興味の幅がさらに広がることもあるでしょう。
ひとりでいられる能力の土台には、他者との繋がりや安心感があるからこそ、そこから離れて自分の世界を広げていくこともできるのです。
④他者と物事を共有したり他者を尊重できる
ひとりでいることは、誰かがいることと表裏一体であるため、ひとりでいられる能力は自分だけでなく、相手や、自分と相手との共有部分を認められる力でもあります。
しかし、母子分離不安が強い子どもは、親がそばにいないと不安を感じやすく、他者と適切な距離感を持つことが難しくなることがあります。
その結果、友達との関わり方に苦手意識を持ったり、過度に依存してしまうこともあります。
ひとりでいられる能力が身に付くと、自分の意思や価値観を大切にできるようになるのはもちろんのこと、他者と物事を共有したり、他者の存在や自分と他者との違いを認め尊重することもできるようになります。
また、相手と物事を共有できるという感覚から、例えその人がそばにいなくても心の繋がりを感じることができるでしょう。
「ひとりの時間を楽しめる力」が育つと、相手がそばにいなくても心の繋がりを感じることができるようになるのです。
母子分離不安対策だけではない:ひとりでいられる能力を育むために必要なこと
ひとりでいられる能力を育むには、幼い時に自分のことを助けてくれる存在が身近にいて、安心感を感じられることが必要です。これは、母子分離不安を軽減するためにも非常に重要な要素となります。
この人がいれば大丈夫、きっと助けてくれるはずだと信頼できる存在が近くにいる守られた環境は、ひとりでいられる能力に限らず子供の心身の発達に非常に重要です。
特に母子分離不安を持つ子どもは、この安心感が十分に育まれていないことが多く、不安を抱えやすくなります。
例えば、保護者に見守られながら遊んだり、困ったり泣いた時に気持ちを受け止めてもらったり、時には保護者から離れて冒険してみたりと、安心できる環境の中でこうした経験を積み重ねることで、だんだんとひとりでいられる能力を身に付けることができます。
これは、母子分離不安の克服にもつながる大切なプロセスです。
子供は好奇心旺盛であると同時に不安も感じやすい存在です。
母子分離不安が強いと、親から離れることに対して強いストレスを感じ、自立することが難しくなることがあります。
しかし、不安な時、怖い時に信頼できる存在にしっかり守ってもらって安心できた経験をたくさん積めば積むほど、その安心感を糧にしてだんだんとひとりでいられるようになっていきます。
また、身近な人を信頼できると、人は信じられる存在だ、この世界は安全なところだという感覚も育ち、母子分離不安を抱えにくくなります。
生き生きと自分の世界を広げていくこともできるでしょう。
子育てにおけるポイント3選:ひとりでいられる能力の観点から
母子分離不安を克服するため大切なポイントを解説してきましたが、以下では子どもの将来を見据えて、「ひとりでいられる能力」をもう少し発展的な観点で解説していきます。
①子供にとって安心できる基地であり続けること
子供が成長するにつれて、学校に行ったり習い事に行ったりして一緒に過ごさない時間が増えたり、子供が一人でできることもどんどん増えていきますよね。
そんな時でも、保護者や家庭といった存在が、子供が困ったり失敗したりした時に頼ったり休める基地であり続けることが大切です。
子供が一人でいられる時間が長くなっても、何かあれば戻れる場所がある、絶対に守ってくれる・励ましてくれる人がいるという安心感があってこそ、子供はひとりでいられる能力を発揮させ、のびのびと過ごしたり、挑戦したりすることができます。
②子供と適度な距離を保つこと
子供にとって安心できる基地があっても、子供をその基地に縛り付けてしまっては子供は成長に必要な経験を積むことができません。
子供が幼い時は、近い距離から見守ったりすぐに抱っこをして安心させたりといった方法も適していますが、成長に応じてその距離感を調節していくことが大切です。
基地から離れて冒険しようとする子供の背中を押したり、すぐそばではなく遠くから見守るのもいいでしょう。
母子分離不安があるからといって子どもの要求に全て応えたり、子供を無理に突き放すのではなく、子供の「ひとり」を尊重するイメージでいられるといいと思います。
そのような距離感の中で、子供は様々な経験をすることができ、保護者のそばにいない時も安心して過ごせるようになっていくでしょう。
③保護者自身が心理的に安定していること
子供がひとりでいられる能力を身に付けていく上で、保護者との間で安心感を持てることが大切です。
そのため、保護者自身の心が安定していて子供に不安を与えない存在であることもポイントといえます。
母子分離不安は、親の不安が子どもに伝わることで悪化することもあるため、まずは保護者自身がリラックスできる環境を整えましょう。
とはいえ、子育ては大変なことも悩むこともたくさんありますから、心の安定を保つには保護者が不安になった時に相談できたりサポートが得られる環境であることが必要です。
何かあったら頼れる人・場所があるという安心感があると、少し心に余裕が生まれるかもしれません。サポート源としては、身の回りの人だけでなく、心理士や医師などの専門家も選択肢に加えてみていただけたらと思います。
保護者の方の心の健康のためであるのはもちろんのこと、子供にとって安心できる基地となり、子供と適度な距離感を保てるためにも、まずはご自身の心を大切にしていただけたらと思います。
おわりに
ご生活のなかで、あなたやお子さまが「ひとり」でいられる時間はあるでしょうか?
ひとりでいるのが難しい現代だからこそ、ひとりについて考える重要性も増しているように思います。
この記事が少しでも参考になりましたら幸いです。
参考文献
野本 美奈子(2000) Capacity to Be Aloneの逆説性と多重性に関する研究 :「一人でいる能力尺度」精緻化の試み 大阪大学教育学年報 2000, 5, 125-137.
公益財団法人 母子健康協会 第43回シンポジウム「乳幼児の心の発達に必要なアタッチメント(愛着成形)」東京大学大学院教育学研究科 教授 遠藤 利彦
【小児科医が解説】子どもが“一人で生きていく”ために必要な能力〜Capacity to be alone/Winnicott〜