これからの社会を生きる子どもたちに、どのような力を育てるべきなのか。
その問いに対する一つの重要な答えが、「コンピテンシー」という考え方です。
コンピテンシーとは、知識やスキルを身に付けること自体を目的とするのではなく、それらを状況に応じて活用し、よりよい選択や行動につなげていくための総合的な力を指します。
子どもたちが自分らしく生き、個人と社会のウェルビーイングを実現していくために欠かせない基盤となる力です。
OECDが示した学びの指針「ラーニング・コンパス2030」では、エージェンシーと並び、このコンピテンシーが学びの中核に位置づけられています。
そして現在の日本の学習指導要領もまた、「何を知っているか」から「何ができるようになるか」へと重心を移しつつあります。
この記事では、ラーニング・コンパスの構成要素の一つであるコンピテンシーに焦点を当て、その意味や構造、そして日本の教育の現在とこれからにどのように関わっているのかを、専門的な視点から丁寧に解説していきます。

執筆:山崎 日菜乃
公認心理師・臨床心理士
心理士としてメールカウンセリングに3年半従事し、家族関係の悩み、心身の不調、仕事の悩みなど、様々な困り事へのサポートを行う。アメリカ合衆国在住。
ウェルビーイング実現のために必要な力 | コンピテンシーとは
コンピテンシーは、知識、スキル、態度・価値観という構成要素から成る包括的な概念です。
ぴったりと合う日本語はありませんが、学んだことや様々な力を生かしてよりよい方向に問題を解決していく総合力のようなイメージです。
以下のコンピテンシーの構成要素は相互に関係し合い、高め合いながら発達していくと考えられています。
- 知識:理解する力(事実や概念、アイデア、理論、経験からくる理解を含む)
- スキル:責任を持って知識を活用する力
- 態度:物事や人をどう評価し反応するかという傾向や心構え
- 価値観:意志決定を行う際に、何が重要だと考えるかの指針となるもの
コンピテンシーが重視されるようになった流れ、現在の学習指導要領との関係
コンピテンシーという言葉が教育の世界で使われるようになったのは、1997年から2003年にかけて実施されたOECDのDeSeCoプロジェクトだと考えられています。
DeSeCoプロジェクトでは、すべての個人において幅広い文脈で有益で重要な能力が「キーコンピテンシー」として選定されました。
そして、教育課程において重視されるポイントが「何を知っているか」から「何ができるようになるか」へと転換されました。
OECDのEducation 2030プロジェクトでも引き続きコンピテンシーは大切な要素だと考えられています。
現在の日本の学習指導要領のポイントは、「コンテンツベース」から「コンピテンシーベース」へと転換されたことだと言われています。
具体的には、「知識技能」「思考力判断力表現力等」「学びに向かう力人間性等」が3つの柱とされ、それらのバランスや総合力が大切だと考えられています。
グローバルな流れと同様に、日本でも、コンピテンシーベースの教育、つまり「何ができるようになるか」を重視した教育の必要性が強く認識されているのです。
なぜコンピテンシーが注目されているのか?
持っている知識をよりよく活用できるようにするため
単に知識を身に付けていても、それを必要な時に適切な形で問題解決に活用できるとは限りません。
例えば、平行四辺形の面積に関する知識を使えば解ける問題でも、授業で教わったのと同じ尋ねられ方をされる問題と、図形が地図内に埋め込まれた問題とでは、後者の方が正答率が下がってしまうのです。
コンピテンシーの視点を大切にすることで、知識をインプットすることだけにとどまらず、学んだことを実際の問題解決に繋げる力を育てることができます。
ウェルビーイングを実現するには認知能力も非認知能力も必要だから
コンピテンシーは認知能力と非認知能力を含む包括的な概念です。
実際の社会生活でよりよく生きていくためには、学力だけでなく、自己調整力や自己効力感、共感力といった非認知能力も重要であり、認知能力と非認知能力をあわせて活用していく必要があるでしょう。
コンピテンシーの考え方、また、コンピテンシーベースの教育では、それらの力を個別にではなく、組み合わせて、より実生活に繋がる形で育てることができると考えられています。
技術の進歩により知識自体は簡単に手に入るから
インターネットやAI技術等を活用することにより、暗記的な知識は簡単に手に入るようになりました。
それと同時に、調べ方や情報の取り扱い方といった、デジタルリテラシーやデータリテラシーの必要性が増してきています。
また、知識についても、バラバラで暗記的な知識ではなく、知識同士を結び付けたり実践的に理解ができるよう、より質を高めていく必要があるでしょう。
コンピテンシーには、このような情報通信デバイスに関する知識やリテラシー、より深い知識も構成要素として含まれています。
コンピテンシーの構成要素
冒頭でお伝えしたコンピテンシーの構成要素である、知識、スキル、態度・価値観のそれぞれは、さらに詳細なカテゴリーに分けられています。
ここではそれらの内容と、必要性についてを簡単にご紹介します。
1. 知識
専門分野的知識(科目固有の知識)ーDisciplinary knowledge
科目固有の概念や詳細な内容について理解すること。こうした知識は世界を理解するために必要であり、他の種類の知識を学び発展させるためにも不可欠です。
また、この種の知識を習得する機会は、学習の公平性の基礎ともいえます。
知識の内容はその時社会で重視されている知識、スキル、態度・価値観の影響を受けます。
今であればAIに関する知識やデジタルリテラシー、データリテラシーがそれに当たるでしょう。
学際的知識ーInterdisciplinary knowledge
ある分野教科の概念と内容を他の分野教科の概念と内容に関連付けることです。
異なる分野で学んだ知識の点と点を繋いだり、分野をまたがる概念が相互に関連していることを認識したり、科目を越えてより深い理解に取り組むことです。
この種の知識は、複雑な問題を理解し解決するために、ますます重要になってきています。
テーマ別学習やプロジェクトベース学習により学ぶことができます。
認識論的知識ーEpistemic knowledge
各分野の専門家(practitioner)がどのように考え行動しているのかを理解することです。
こうした知識を通して、知識を現実の問題に結びつけたり、自分の知識が日常生活や将来の仕事にどのように応用できるかを理解することができます。
学習と生活や関心事との繋がり、また、学習の目的を理解するために必要です。
手続き的知識ーProcedural knowledge
物事がどのように行われるか、どのように作られるかなど、目標を達成するためにとられる一連のステップや行動を理解することです。
問題を特定し解決するための思考パターンや構造化されたプロセスを身に付けるために必要となります。
2. スキル
認知スキルとメタ認知スキルーcognitive and meta-cognitive skills
認知スキルとは、言語、数学、推論、学んだ知識を活用するための一連の思考戦略(thinking strategies)のことです。
AIの台頭により、認知スキルのうち、創造性(独創的なアイデアを思い付いたり、問題解決のための創造的な方法を開発する能力)の重要性が増しています。
メタ認知スキルには学び方を学ぶスキル(learning-to-learn skills)や、自分の知識、スキル、態度・価値観を認識する能力が含まれます。
メタ認知スキルは学習プロセスに影響を与えるものであり、批判的思考を育てたり、生涯学習や異文化理解の土台にもなります。
これらのスキルは、変化する不確実な環境にうまく対処するために必要です。
社会的および情緒的スキルーsocial and emotional skills
このスキルには共感や自己認識、責任感、協働など、様々な非認知能力が含まれます。
AIや機械への依存が高まっていることに伴い、自分自身の人間性や他者の人間性、それらの価値を認識する必要性が高まっています。
また、人口の高齢化、学校や職場の多様化により、思いやりや社交性、敬意、共感、自己認識、コミュニケーションスキルも重要になってきています。
さらに、認知スキルを十分に発揮できるためにも社会情動的スキルは必要であり、忍耐力、自制心、責任感、好奇心、感情の安定性などが学校でのパフォーマンスや職業上の地位、収入などに影響することも分かってきています。
これらのスキルは、自己を発達させ、人間関係を育み、市民としての責任を果たすために必要です。
実践的および身体的スキルーpractical and physical skills
このスキルには日常の動作から運動や芸術表現、情報通信デバイスや新しい機器の活用などが含まれます。
音楽やアートを体験しながら学ぶことで身体スキルが育成され、認知能力やメタ認知能力が向上するだけでなく、共感や他者との繋がり、感情的な関わり、積極性や粘り強さ、想像力といったその他の様々なスキルも促進されることが分かっています。
また、運動も心身の健康や認知力、学業でのパフォーマンスにメリットをもたらすことが分かってきています。
さらに、早い段階で生徒が健康的な習慣を身に付けることで大人になってからも健康的な選択をするのに役立つとされています。
これらのスキルは、生徒が他の種類のスキルを身に付けるのに役立ち、うまく生活をこなしたりウェルビーイングを叶えるために必要なのです。
3. 態度・価値観
個人的価値観ーPersonal values
自分がどのような人間であるか、そしてどのように人生の意義を定義し、生き、目標を達成したいかということに関連するものです。
社交的価値観ーSocial values
対人関係の質に影響を与える原則や信念に関連するもの。他者に対してどう行動するか、対立や衝突を含む対人関係にどう対処するかも含まれます。
文化や社会の優先事項、社会秩序や制度といった社会におけるガイドラインのようなものです。
人間的価値観ーHuman values
社会的価値観と多くの共通点をもつが国や文化を超越する価値観です。
人類全体のウェルビーイングに関連し、国際的な条約によって表現されることが多いです。
これらの態度・価値観は知識、スキル、エージェンシーの発達に必要不可欠です。態度・価値観は次のような形で重要な役割を果たします。
- 知識とスキルを身に付けそれを活用するためのモチベーションとなり、また、エージェンシーを発揮する認知的情緒的な駆動力となる
- ウェルビーイングや、よい人、よい市民の基準を形作る
- 社会的資本や社会のウェルビーイングを促進する価値観を支持し、強化する
- 道徳的に行動する基盤となる
日本の今後の学習指導要領との関連
日本でも、知識や技能、思考力、判断力、表現力などの力を実生活の中で直面する様々な場面で生かせるように質を高めていく教育が必要だと考えられています。
次の改訂では、これらの力を別々に育てるのではなく、資質能力同士の関係性を意識し一体的に教育できるような学習指導要領が目指されています。
このことから、コンピテンシーの構成要素である知識、スキル、態度・価値観が相互に影響を与え合い高め合いながら発達していくという考え方が日本の教育のあり方にも反映されていると考えられます。
授業づくりについても、従来のように教科書を教えることを目的とした授業ではなく、生徒にどのような力(資質能力)を身に付けてほしいか?を起点にした授業デザインが求められています。
そのために、学習指導要領をより分かりやすく構造化したり、表形式で整理したりすることが検討されています。
そうした授業によって生徒たちが、個別の知識や技能を「中核的な概念」と結びつけて深く理解すること、さらに思考力、判断力、表現力と組み合わせて「複雑な課題の解決」に生かせるようになることが期待されています。
つまり、日本でもコンピテンシーベースの考え方、単に知識やスキルを身に付けさせるだけでなく、他の力と組み合わせて状況に応じて活用する力を育てることが重視されているといえるでしょう。
さらに、コンピテンシーの構成要素としてAIに関する知識やデジタルリテラシー、データリテラシーが取り上げられていたように、日本でも情報活用能力を向上させる必要性が強く認識されています。
次期の学習指導要領では、
- 情報技術の活用(基本的な操作や情報収集発信)
- 情報技術の適切な取り扱い(情報モラル、権利と責任等)
- 情報技術の特性の理解(コンピュータやネットワーク、生成AI等の仕組み)
の3つの要素について発達段階に合わせて学べるように体系化することが検討されています。
おわりに
個人と社会のウェルビーイングという教育の最終目標を実現するためには、持っている知識や力を文脈に応じて活用し、責任をもって行動をとる力が求められています。
日本の学習指導要領においても、こうした力を重視する流れはさらに強まっていく見通しです。
コンピテンシーは、予測が難しく変化の大きいこれからの時代において、子どもたちが自分の力をよりよい方向に生かしながら、自分らしく、ウェルビーイングに向かって生きていくための力なのです。
参考文献
- 文部科学省 教育課程企画特別部会 論点整理
- 奈須正裕(2023)コンピテンシーベイスの教育と教科内容研究への期待 日本教科内容学会誌 9(1), 3-14.
- OECD Learning Compass 2030 – Glossary
- The Learning Compass Concept Notes – Knowledge for 2030
- The Learning Compass Concept Notes – Skills for 2030
- The Learning Compass Concept Notes – Attitudes and Values for 2030




