AI時代の非認知能力 | 変革をもたらすコンピテンシーとは

記事

前回の記事では、Education2030のラーニングコンパスの構成要素のうち、基本的なコンピテンシーをご紹介しました。

この中でも、”変革をもたらすコンピテンシー”は、前回ご紹介した”基本的なコンピテンシー”と異なり、特にこれからの時代に焦点を当てた、新しく注目されている非認知能力の一つです。

この記事では、特に”変革をもたらすコンピテンシー”について、どのような力なのか、また、身に付けるための方法について、専門家が詳しく解説します。

この記事を書いた専門家

山崎

Education2030(エデュケーション2030)とは、OECD(経済協力開発機構)が主導する国際的な教育プロジェクトで、2030年以降の社会を見据え、「子どもたちが不確実で変化の激しい未来を生き抜くために、教育は何を目指すべきか」を示した枠組みです。

知識の習得だけでなく、価値観や態度、社会との関わり方まで含めて捉え直している点が特徴で、世界各国の教育政策やカリキュラム改革に影響を与えています。

ラーニングコンパス(Learning Compass 2030)とは、Education2030の中核となる考え方を視覚的に示した枠組みです。

急速に変化する社会の中で、学習者が「どの方向を目指し、どのように学び続けていくのか」を示す羅針盤として位置づけられています。

学習者のエージェンシー(主体性)を中心に、知識・スキル・態度・価値観が相互に関係しながら育まれていく構造が示されています。

コンピテンシーとは、単なる知識や技能の量ではなく、知識・スキル・態度・価値観を統合し、実際の状況の中で適切に活用できる力を指します。

Education2030では、従来から重視されてきた「基本的なコンピテンシー」に加え、これからの時代に特に重要となる「変革をもたらすコンピテンシー」が定義されました。

参考:基本的なコンピテンシーとは

基本的なコンピテンシーとは、子どもたちが社会の中で生き、学び、働いていくための土台となる力のことを指します。

Education2030では、読み書きや数的理解といった基礎的な知識・技能に加え、思考力、コミュニケーション能力、協働する力など、幅広い状況で活用できる汎用的な力が含まれています。

これらは、学習や社会参加の前提条件となるものであり、すべての学習者にとって不可欠な基盤とされています。

OECDは、これらの基本的なコンピテンシーが、後に紹介される「変革をもたらすコンピテンシー」を発揮するための重要な基礎になると位置づけています。

これは、正解のない課題に向き合い、社会に働きかけながらより良い未来を創っていくための力として位置づけられています。以下で詳しく説明します。

変革をもたらすコンピテンシー(Transformative Competencies)とは、子供たちが社会に貢献し、活躍し、より良い未来を築くために必要な知識、スキル、態度・価値観のことです。

具体的には、

  1. 新たな価値を創造する
  2. 緊張関係やジレンマを調整する
  3. 責任感をもつ

という3つのコンピテンシーが定義されています。

これらは、前回解説した従来から重視されてきた基本的なコンピテンシーよりもさらに高次のコンピテンシーであり、Education2030プロジェクトにおいて新たに定義されました。

変革をもたらすコンピテンシーは、幅広い文脈や状況において、生涯を通じて活用することができます。

また、これらのコンピテンシーを発揮することは現時点では人工知能には不可能であり、人間に特有の力としても注目されています。

1. 新たな価値を創造するーCreating New Value

新たな価値を創造するとは、十分な情報をもとに責任ある行動をとることで、イノベーション(革新)を起こし、起業家精神をもって行動する力を指します。

ここでいう起業家精神とは、起業することそのものではなく、自ら課題を見つけて行動を起こし、主体的に新しいアイデアや解決策、価値を生み出そうとする姿勢のことです。

このコンピテンシーは、これからの時代にはイノベーションが欠かせないという事実と深く関わっています。ここでいうイノベーションとは、新しい仕事やサービスを生み出すことだけを指すわけではありません。

新しい知識やアイデア、技術、解決策を生み出し、それらを既存の課題や新たに生じる課題に生かしていくことも含まれます。

つまり、様々な視点を考慮して、複雑な問題に対して斬新なアイデアや解決策を生み出したり、知識を創造的かつ批判的に活用したりすることと言えるでしょう。

こうしたイノベーションは、地球規模の課題に対処するための原動力となります。特に現代では人口構造の変化や環境問題、技術の急速な進展など、世界の変化のスピードが非常に速くなっています。

こうした状況において、新たな雇用やビジネス、製品・サービスを生み出すためにも、イノベーションは必要不可欠です。

このように、イノベーションは世界全体の成長と持続可能な発展を支えていくためにとても重要なのです。

新しい価値を創造しようとする場面では、生徒は現状に疑問を投げかけ、他者と協働しながら、「既成概念にとらわれない(“outside the box”)」発想をしようとします。

こうした学びの経験によって、不確実な状況や変化に直面した際にレジリエンスを持って柔軟に対応する力や、人生における目的意識、自己肯定感(self-worth)を育むことができると考えられています。

身に付けるためには

現実社会の課題(例えば、食料と水の安全保障をどのように達成するか、若者の失業をいかに減らすか、都市化へどのように適応するかなど)について、生徒が学んだことを応用しながら考ることを促すアプローチによって、新しい考え方、アイデア、洞察力を育むことができると考えられています。

2. 緊張関係やジレンマを調整するーReconciling Conflicts and Dilemmas

現代社会のように相互に繋がり合った世界では、地球規模の課題を解決していくために、緊張関係やジレンマ、トレードオフに対処する力が必要です。

例えば、公平性と自由、自律と連帯、効率性と民主的なプロセス、環境保護と経済成長、多様性と普遍性、革新性と継続性など、一見矛盾する価値観の間でバランスをとることが求められます。

また、自分自身や家族、地域社会のウェルビーイングを長期的に保つには、他者のニーズや関心を理解することも必要不可欠でしょう。

そのため、他者のニーズ、関心、視点を理解し、共に取り組んでいく力を育てていくことが大切です。

このコンピテンシーの核心は、対立する考えや立場を調整したり、解決策を見つけるための方法は一つではないということを認識することだと考えられています。

なぜなら、現実社会で複数のニーズのバランスをとろうとした時、”どちらか一方を選ぶ”ことや、”唯一の正解”にたどり着くようなことにはならないからです。

これからの社会を生き抜いていくためには、一見矛盾しているように見える考えや立場の関係性を理解し、自分の行動が短期的・長期的にどのような影響を生むかを考える力が求められます。

そうした能力は、「多様性や不協和を創造的かつ前向きに対処する力」とも表現されています。

相反する考えを念頭に置きながら考えることで、生徒は新しいアイデアを生み出すことができます。

また、このプロセスを通して、生徒は異なる立場をより深く理解し、自分の考えを支持する議論を展開し、解決策を見つけていくことができるでしょう。

身に付けるためには

現実社会の例(例えば、水、エネルギー、食料の繋がりや循環型経済など)を学ぶことを通して、複雑なシステムの働きを理解していくシステム思考アプローチはこのコンピテンシーを育むのに役立つと考えられています。

こうした学習によって、生徒は複雑なシステムの中でいかに変化を起こすかについて様々な可能性を見いだしたり、複数の解決策を認識して曖昧な状況にうまく対処する能力を養うことができるでしょう。

3. 責任感をもつーTaking Responsibility

変化や多様性、曖昧さ、不確実性に対処しながら責任感をもって課題に取り組むには、個人が自ら考え、他者と協力できる力が求められます。

責任感を持つには、自分の行動には結果が伴うこと、そして、人には他者に影響を与える力があることを理解する必要があります。

責任感をもつとは、そうした理解に基づき、自分の経験や目標、社会全体の目標、これまでに学んだこと、そして物事の善悪と、自分の行動とを照らし合わせて、振り返り、評価できることを意味します。

そしてこれは、成熟したエージェンシーの中核となる重要な要素です。

また、責任感をもつためには、指示に従うだけでなく、「自分は何をすべきか?」「自分がしたことは正しかっただろうか?」「結果が分かっていたなら、同じ行動を取っただろうか?」といった問いを自分に投げかけ、よく考えることも必要です。

このように倫理的な観点から選択肢を批判的に吟味する経験を積むことで、生徒は道徳的にも知的にも成長していくと考えられています。

思春期は脳が顕著に発達する時期であり、特に自己調整に関する領域は変化が大きいと言われています。

そのため、思春期は不安定な時期であると同時に、責任感を育むチャンスの時期ともとらえられています。

身に付けるためには

日常生活の様々な出来事を振り返ったり、他者の行動から学ぶことは、責任感を育む上で大きな影響力を持ちます。

また、ボランティア活動やサービスラーニングに参加したり、地域社会の問題解決に取り組むことも、責任感をもつことを学ぶ良い機会となるでしょう。

急激な技術革新や価値観の多様化が進む現代社会では、既存の枠組みに当てはめたり誰かの指示に従うだけでは解決できない”正解のない課題”ばかりです。

今回ご紹介した変革をもたらすコンピテンシーには、そのような社会をよりよく生き、よりよい未来を築いていくための知恵が凝縮されているように思います。

自ら課題を見つけ、常識にとらわれず創造的にアイデアを生み出し、異なる立場とのバランスをとりながら、自分の行動や選択に責任を持つ、こうした力は特別なものではなく、これからの時代を生きる全ての子供たちに必要な力です。

次回以降の記事では、それぞれのコンピテンシーについてもう少し詳しく掘り下げながら、日本の学習指導要領との関連についても解説していきます。

参考文献