日本でのいじめの件数は、増加傾向にあると言われています。2022年の文部科学省の調査によると、全国の小中高校と特別支援学校で認知されたいじめの件数は過去最多となりました。
いじめ問題は昔からありましたが、子どもにとって現在もいじめは深刻な問題です。
いじめ問題はなぜ起こるのか。また、どうしたらいじめ問題に対して向き合い、予防していくことができるのか。いじめられる側といじめる側の心理を通して考えていきます。
こちらの記事では、いじめに関する保護者の方からの質問と専門家の回答をまとめていますので合わせてご覧ください。
この記事を書いた専門家
水谷 愛
公認心理師、臨床心理士
精神障害者デイケア、スクールカウンセラー、就労支援、療育現場、就労継続支援B型作業所で合計約25年間心理士として医療・福祉・教育分野にたずさわり、主に子どもから成人までの発達障害、精神障害の方のサポートを行う。
目次
いじめの定義と種類
いじめの定義
文部科学省で定めている「いじめ」の定義は、1986(昭和61)年から少しずつ時代に合わせて変化しています。
2013(平成25)年にいじめ防止対策推進法が定められました。
法律にあるいじめの定義を簡単に言うと、
「学校やその他の環境で、他の児童生徒が心理的または物理的な影響を与える行為を行うこと。被害者に苦痛を与える行為」
を言います。
直接的にいじめを行った子どもだけでなく、いじめを見て見ぬふりしていた子どもたちについても、いじめられる側が苦痛と感じたらそれは「いじめ」です。
いじめの種類
以下に、いじめの種類をいくつか挙げてみます。
①身体的いじめ
✓殴る、蹴る、ものを投げつけるなど、相手に暴力を振るうなどの身体的な攻撃
②言葉のいじめ
✓うわさを流すなどの陰口
✓からかう、相手をみんなの前で笑いものにする
✓いじめられる側が嫌がる言葉を言う
✓侮辱する、脅すなどの暴言
✓SNSで誹謗中傷をしたり、うわさを流すなど、インターネットを通じて行われるいじめ
③無視・仲間はずれ
✓集団でひとりを無視する
✓集団から外して孤立させる
④物理的ないじめ
✓ものを隠す、盗む、壊すなど
⑤その他
✓性的な言葉や行動で相手を不快にさせるなどの性的な嫌がらせ
✓相手に嫌なことを強要したり、恥をかかせたりする
相手の子どもに苦痛を与える行為はすべていじめであると言えます。
いじめはなぜ起こるのか
いじめが起こる要因は、単純なものではありません。さまざまな要因が絡み合って起こります。
以下では、いじめが起きる背景や原因について見ていきましょう。
いじめが起こる背景
子どもたちの不満やストレスが多い中では、いじめが起こりやすくなります。
以下に具体的な例を挙げてみます。
①家庭的なストレスの具体例
✓親の過干渉
✓きょうだいとの比較
✓虐待(身体的虐待、ネグレクト、性的虐待、心理的虐待)
✓年齢にそぐわない親子の距離感
②学校でのストレスの具体例
✓成績不振
✓先生との関係
✓他の児童生徒と自分を比較して感じる劣等感
✓「みんなが同じ」という雰囲気、そこから外れることへ厳しい目
③その他環境的なストレスの具体例
✓コミュニケーションがうまくとれないこと
✓いつか自分がいじめられる側にまわるのではないかという思いから生じる他人への不信感
✓世間の目が冷たく感じ、社会の中に居づらいこと
✓十分に興味のあることや好きなことをする時間も場所もないこと
ほかにもありますが、これらのストレスが複雑に絡み合い、不満のはけ口としていじめが起こっているのです。
いじめられる側の心理
いじめられる側の心理としては、本人を支えてくれる人がいるかいないかでも変わりますが、自分に対する否定的な気持ちや、いじめる側を含め他人への不信感を感じます。
そして、その気持ちは適切なサポートを受けないと、大人になっても引きずってしまいます。
具体的には以下のような影響があります。
①自己評価が下がる
「いじめを受けてしまうのは自分のせいだ」「いじめられている自分が悪い」と自分を責めたり、自信がなくなったりします。
サポートがなく、孤立してしまうと、自己否定にもつながります。
②心身への影響
いじめられることで不眠、食欲不振、うつ状態が生じることがあります。
また、いじめがトラウマになり、その後の人生もつらい思いを引きずったり、フラッシュバックが起こることもあります。
③不安感・恐怖感
いじめを受けることによって、他人、学校、社会が怖くなってしまいます。
また、自分がいつ攻撃されるかわからないという不安や恐怖が続きます。
④孤立
いじめられる側は他人への不信感から、家族や友人なども避け、自分の殻にこもってしまうこともあります。
そのことにより、いじめられた側がますます社会から孤立し、引きこもりになることもあります。
いじめる側の心理
いじめる側の子どもは、自分に対して劣等感を感じていたり、強くストレスを感じていることが多いです。
例えば、以下のようなことが考えられるでしょう。
①自己防衛
「いじめられる側にまわらないためにいじめる」という子どもは一定数います。
いじめている本人は「自分がいじめられないように自分を守っているだけ」という意識しかないかもしれません。
②劣等感
常日頃、他人と比べられて劣等感を持った子どもが、いじめという形でマウントを取ったり、他人をおとしめることで優越感を得ようとします。
③皆同じでなけりゃダメ
日本では特に「出る杭(くい)は打たれる」と言います。上に飛び出ていても、下に飛び出でいてもいじめる側はいじめられる側を自分たちと同じにさせようとします。
その背後には、「皆と同じ」にさせようとする学校教育や、世間体を気にする日本の風土が関係していると言えます。
④被虐待児
親から暴言や暴力を当たり前のように受けている子は、他人との葛藤や物事を暴言や暴力で解決させようとすることがあります。家庭教育の中で、そういう解決法しか学んでこなかったとも言えます。
⑤歪んだストレス解消
子どもたちは、家庭教育や学校教育、中には塾での教育でも競わされています。
お友達でありながらライバルでもある、という状況は、子どもにとってかなりのストレスです。このストレスを歪んだ形で解消していることがあります。
いじめる側もまた、適切なサポートを必要としています。適切なサポートを受けられないことで、いじめはさらに過激化していくこともあります。
いじめの予防と対策
家庭でできるいじめ予防
まず、子どもが「いじめる側」にならないためにできる家庭での教育についてお伝えします。
✔︎自分は自分、他人は他人と、自他の境界線を引けるようにする(もちろん親も子どもに対して自他の境界線を引くかかわりをしていく)
:これができるようになると、他人と自分を比較しなくても良い、という考え方ができるようになります。
✔︎子どもの得意なところを見つけてそこに着目する。子どもの苦手なところに対してけなしたり、やみくもに叱ったりしない
:子どもが自分の得意分野でやっていけるという自信がつけば、ある程度悩むことがあっても乗り越えていけます。
✔︎親は子どものいちばんの応援団、というスタンスを保ち続ける。ささいな嫌がらせでも、一緒に解決していくスタンスを伝え続ける
:子どもがいじめにあった、あるいは、ストレスフルな状況に立たされたとしても、親がきちんと支えてくれると子どもが思えていれば助けを親に求めてきます。
✔︎もしいじめられたら、最悪家に必ず逃げ場はあることを子どもに伝え続ける
:いじめられた側が学校にも家にも逃げ場がなくなって自死することは絶対に避けなくてはなりません。
✔︎親が過保護・過干渉になることは避ける
:親が何でも先回りしすぎると、子どもに何かあったときに「自分で解決できた」という自己効力感を奪いかねません。あくまで子どもの人生の主役は子ども自身です。
✔︎親は他人の悪口を言ったり、他人の悪いウワサを広めたりしない。
:子どもが他人の悪口、からかい、悪いウワサなどを言っていたら、「自分がそういうこと言われたらどう思う?」と考えさせ、「私だったら嫌だな」と止めましょう。悪口、からかい、悪いウワサを言われた相手は嫌な思いをするということを子どもにわかってもらうことは大切なことです。普段から家庭で言わないように気をつけましょう。
学校でできるいじめ予防
それでは、学校でできるいじめ予防には、どんなものがあるでしょうか。
✔︎担任だけにすべてを任せるのではなく、校長をはじめ、すべての教職員が取り組む問題と認識する
:いじめはどの子どもにも起こりうる事実です。子どもたちの尊厳を守り、いじめを未然に防ぐため、担任だけ、スクールカウンセラーだけ、養護教諭だけ、など、誰かひとりにいじめ予防を押し付けるのではなく、学校全体が「いじめは許しません」という毅然とした態度で子どもたちに接していくことが必要です。
✔︎規律正しい態度で授業や行事に参加できる環境を整える
:いじめの未然防止の基本は、子どもたちが信頼できる関係の中で安心・安全に学校生活を送ることです。子どもたちが先生たちとの基本的な信頼関係を作れることがまず必要です。「規律正しい」と言うとどうしても教職員は子どもたちを「支配―支配されるもの」という接し方をしがちですが、基本的なあいさつをしたり、コミュニケーションを交わすことが大切です。
✔︎いじめについての共通理解を校内で広める。具体的ないじめの定義を共有し、目につく場所に掲示する
:いじめについて、「相手が苦痛を感じたらそれは遊びではない、いじめだ」という認識を、子どもたちも教職員も共通理解としてもっておく必要があります。そうすれば、からかいや叩かれることが「ただの遊び」という言い訳は通用しなくなります。
✔︎社会性やコミュニケーション能力が身につくようなカリキュラムを積極的に取り入れる
:現代は、SNSやゲームなどで遊ぶ子どもたちが増えており、顔と顔を合わせてコミュニケーションをする機会が減っています。時々遊びやグループワークなどを通してコミュニケーションをとる良さを感じてもらい、相手に自分の思いを伝えたり、相手の思いをしっかり聞く力を身につけられるような機会を取り入れましょう。
✔︎学校の中で子どもたち一人ひとりが役割を持ったり、自己肯定感を持てる場面を作ることで、多面的に子どもたちをとらえ、全員の良いところが出せるしくみを作る
:子どもたちを一面的に見るのではなく、たとえば「アイディアが面白い子」「行動力がある子」「運動会を盛り上げてくれる子」「イラストがうまい子」など、さまざまな視点で子どもの自己肯定感が上がるような活動を取り入れたり、一人ひとりの持っている良さを上手に引き出してあげましょう。
いじめが起こったときの対応
まず、何よりも「早期発見」が大事です。いじめはこじれてしまうと長期化し、泥沼化します。
早期発見をするためには、家庭でも学校でも子どもたちの変化に敏感になる必要があります。
日々しっかり子どもたちを見守る姿勢がないと、いじめの早期発見は難しいです。
次に、いじめが起こってしまったら、「いじめられる側」も「いじめる側」もケアの対象です。
まず「いじめられる側」の安全を守り、自己評価や自己肯定感が下がっている彼らに対して、しっかり話を聴いて、全力でサポートしていきましょう。
そのうえで、「いじめる側」にも、いじめを行うに至った背景、本当はどんなストレスを抱えていたのか、などについて丁寧に聴いていき、こちらも全力でサポートしていきましょう。
また、傍観者や周りで一緒にいじめに参加していた子どもたちに対しても、自分が手を出さなくてもそれは「いじめ」であることをしっかり認識させる必要があります。
それぞれのストレス源は学校にあるとは限りません。家庭との連携、地域との連携も大事になってきます。親や担任ひとりで抱え込まず、多くの人たちを巻き込んでいじめへの対応をしていきましょう。
おわりに
いじめの種類はさまざまですが、いじめる側の心理、いじめられる側の心理を理解すると、どちらもケアの対象であるということがおわかりいただけるでしょう。
ご家庭だけでなく、学校とも地域ともしっかり連携をして、子どもたちの安心・安全を守っていけると良いですね。
いじめは、長期化すると学校の雰囲気も悪くなり、学校自体が安全なところではなくなります。
いじめの未然防止・早期発見・早期解決が子どもたちの安心・安全につながりますので、いじめに対して大人たちは毅然とした態度でNOと伝えていきましょう。
こちらの記事では、いじめに関する保護者の方からの質問と専門家の回答をまとめていますので合わせてご覧ください。
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