「向上心」という言葉は、魅力的な言葉ですよね。
一方で、子どもの成長発達を考えるにあたっては、向上心という言葉は慎重に扱う必要があると感じています。
今回は、子育てをしていく中で、向上心というものを大人がどう理解しておくのか、向上心とどう付き合っていくのか、ということについて扱っていきます。
この記事を書いた専門家
杉野 亮介
公認心理師、臨床心理士
教育支援センター、スクールカウンセラーとして教育分野で不登校支援等に携わった後、児童福祉施設で心理士として20年間以上従事。児童虐待を受けた子どもや発達凸凹のある子どもたちへの心理的支援、生活のケアを行う。
目次
向上心とは
子育て支援に関わっていると「うちの子は向上心が全く無くて」というお悩みを聞くことがあります。
確かに、無気力のように見える子どももいます。
その一方で、何か一つに打ち込むわけではないけれど、活動的に色々な体験をしている子どもも「この子は、すぐに飽きてしまって。もっと向上心を持って、一つのことに打ち込んで欲しいんです」と相談ケースとしてあがってくることもあります。
確かに、特定の一つのことに打ち込んで、目標を設定し、その道を進んでいくということを良しとする価値観に沿って判断すれば、このような子どもは「良くない」「悩ましい子」ではあるのですが、この子はこのままで十分に素晴らしいのにと思ってしまうのです。
子どもの成長や発達の道筋を考えていくと、「向上心」とは何なのか、どう付き合っていけば良いのか、ということを大人が考えてあげることが大切なことなのです。
子どもの成長発達と「向上心」
まずは、子どもの成長発達過程の中で、向上心というものがどう位置づけられるのかを考えて行きたいと思います。
幼少期の向上心
初めに、出生時のことです。人間は他の動物と比較して、未熟な状態で生まれてくることはよく知られています。
野生動物のように、産み落とされて数時間で自分で動いたりできるわけではありません。
人間は非常に弱い状態で生まれてくるので、赤ちゃんから周囲に積極的に働きかけて、助けを引き出していかなければなりません。
かわいらしい見た目や原始反射(赤ちゃん自身にはそんな意図はないけれど、微笑んでいるように見えたり、手を握ってくれたりする)をしたり、たくさん泣いたりして、周囲の大人の養育を引き出すという能力が赤ちゃんにはすでに身についています。
これらの能力を向上心とは呼びませんが、人間の多くが生来的に成長発達をしようとする能力は持っているとは言えるでしょう。
乳児期だけではなく、幼児期に入っても、周囲にどんどん働き掛けて、刺激を受けることで人間は成長をしていきます。
この段階では、幅広く体験させて、色々なことに興味を持って、あれもしたい、これもしたいという姿が健康的であると言えます。
子どもの体や脳の発達を考えると、特に幼少期に色々な体験をして、色々な体の動かし方を学び、多様な刺激を受けることが望ましいことは明白です。
そう考えると、多様な分野で多様な体験をすることで、自分という存在を向上させていると言えます。
この段階は、何か特定の一つのことに打ち込むよりも、幅広く興味を持って多様な体験をしていくことが大切ですし、それが次の段階の土台となっていきます。
学齢期の向上心
小学生以上になってくると、自分の好きなことややりたいことが明確になってきて、特定の分野に打ち込む子どもが出てきます。
このようなタイプの子は、一般的に「向上心がある」と言われるでしょう。
ただし、刺激を求めて次々に新しい課題に挑戦したい子もいますし、とにかく友だちと遊ぶのが楽しいという子もいますし、一人でのんびりと過ごしたいという子もいます。
これらのタイプの子は、向上心という側面だけで判断してしまうと「向上心はない」と判断されるのかもしれません。
しかし、これはこれで全く問題ありません。
何か特定のものに熱中できる子どもも素晴らしいですし、色々なことに興味を持てる子どもも素晴らしいのです。
大人がこの段階で、「向上心」を狭い意味で考えてしまうと、幅広く興味を持てる子どもを否定してしまうリスクがあるということを意識しておく必要があります。
向上心を育むために:結果よりも過程に注目する
何に対しても興味が持てなかったり、投げやりな様子で、声をかけてみると「どうせできないもん」「別にいいし」という返事、という子どもいます。
今の自分や状況に満足できているわけではないが、かといって、何かをしたいわけでもないという感じです。
私は社会福祉の分野で働いていることもあって、こういう子どもに本当によく出会います。
この子たちのほとんどは、「どうせ自分はできない」、「やってもうまくできるわけがない」と思いこんでいて、そう思わざるを得ないような体験をしてきています。
きっと自分にはできるという見通しがないので、何かに挑戦する勇気が持てません。
「だって、私は~ができないから」「僕には~がないもん」と自分ができない理由や根拠はいくつも思いついて、たくさん並べてくれます。
こういう子どもたちは、どのような体験を積み重ねてきたのでしょうか。
そして、子どもたちが自然と向上心を発揮できるようになるには、大人はどう関わっていけば良いのでしょうか。
向上心が持てずに、本当は何かに取り組んだり挑戦したいのにそれができない子ども達に共通しているのは、「失敗した」「うまくいかなかった」という結果にとらわれてしまっています。
分野にもよりますが、どれだけ頑張っても努力しても、結果というものは運が左右したり、相手がいたりするので、うまく行く時もあれば、失敗することもあります。
失敗する可能性があるから挑戦させてはいけないということではなく、向上心を育みたいのであれば、子どもが向上心を見せているところに注目していく必要があります。
つまり、練習などに頑張って取り組んでいる過程に注目し、その過程を評価してあげることが必要です。
大人が、子どもの活動の結果だけに注目してしまうと、子どもも結果にこだわるようになってしまいます。
例えば、子どもを褒めることに否定的な方と話をしていると、「褒めたら、そこで満足してしまうから褒めない」という考えを持っている人が多いように感じます。
しかし、ここには大きな勘違いがあって、大人が結果に注目して、結果だけを褒めているから、子どもはその結果で満足してしまうのです。
結果は時には運に左右されることもありますし、勝敗のつくものであれば、必ずどこかで負けてしまうことになります。
結果だけに注目することは誰のためにもならないと言えます。
子どもが「向上心」を見せている過程に寄り添って褒めてあげたら、子どもは更なる「向上心」を発揮し、次の目標などに取り組むでしょう。
そうすることで、その子どもは結果そのものよりも、向上心を持って物事に取り組む過程を楽しめるようになり、これは人生において、とても大きな財産となります。
「向上心」を持てない子どもへの具体的な関わり
「どうせできないもん」「やっても無駄」と言う子どもたちと接していても、この子どもたちが完全に全てを諦めているわけではないと感じます。
しかし、失敗するのを恐れて、あるいは失敗したことを叱られることを恐れて、何かに取り組むための一歩目がなかなか踏み出せない様子がよく見られます。
ここでは、理論的ではありませんが、私が実践している関わり方を少し紹介したいと思います。
自信を持たせる
一つ目は、「それで良い」「あなたのここはすごい」というところを見つけて、自信を持ってもらうことです。
諦めてしまっている子どもの多くは、勉強かスポーツができないとだめなのに、自分はできないとか、自分がやることには価値が無いと思い込んでいることが多いです。
そういう子どもでも、読書が好きだったり、ゲームが好きだったり、動物が好きだったりと何かしたら好きなことはあって、好きなことには夢中になれるので、その夢中になっている過程をとにかく褒めます。
子どもはそんなことで褒めるのはおかしいと戸惑ったり、時には怒ったりしていますが、一つのことに集中できるというのはいかにすごいことなのか、それは無駄なことでは全くなくて素晴らしいことであると伝えています。
もちろん、何も好きなことが無いという子も中にはいますので、その子とはまずは、好きな物を探して、色々と一緒に遊んでみるところから始まります。
こういう経験を積み重ねていますので、私は、子育ての中で、子どもから「あれが欲しい」とか「これをやりたい」という言葉が出てくることは非常に大切なことだと思っています。そこから子どもの体験や学びが始まるからです。
一緒にやってみる
二つ目は、まずは一緒にやってみるということです。
特に学習支援をしていると、学力的には解ける問題が出ても「できないかも」「失敗したらどうしよう」という不安で手をつけられない子どもが多く見られます。
そういう時には、大人がまずは「こうやってやるんだったよね」と一つか二つやって見せます。
それから、一緒にやってみて「できるよね」ということを確認すると、後はスラスラと解けることがよくあります。
解けるようになると楽しくなって、「もっとやりたい」となっていきます。子どもは、自分が解ける問題は楽しく取り組めます。
そうなってくると、スモールステップで課題のレベルを調整していくことがとても重要です。
もし、うまくいかない時には、以下の視点で振り返ってみることが有効です。
その課題は、
1. その子の能力に見合った課題であるか
2. 課題の解き方やアプローチの仕方を大人が説明しているか(そして、子どもが理解できているか)
3. その課題の解き方やアプローチの仕方を大人がやって見せているか
これはごく当たり前のことのように思われがちですが、大人は伝えていると思っても、子どもには伝わっていないということはよくありますので、大切な視点です。
「向上心」にこだわるリスク
向上心に重きを置きすぎると、子どものありのままの自分を否定するリスクがあります。
たとえば、もっと勉強を頑張りなさい、もっと良い成績を目指しなさいというメッセージは、伝え方次第では、「今のままのあなたではダメ」となります。
また、「向上心」を持って取り組めば良いとも、一概には言えません。
途方もなく高い目標を掲げたり、能力的に難しい課題に挑戦し続けることが良いのかどうなのか、どこかで現実との兼ね合いも必要になってくるかもしれません。
こういう相談を受けることもあるのですが、こういうケースの多くは、前述したように、大人がその子どもに「今のままではダメ」「頑張らないとダメ」というメッセージを送り過ぎて、子どもが今の自分を受け入れられていないことが要因だと思うことがよくあります。
向上心という言葉には、向上することを良しとする価値観が含まれています。
それはそれで良いのですが、あくまでも価値観の一つであり、子育てはもちろん、人生において絶対的な唯一の指標では無いということを、我々は自覚しておく必要があります。
おわりに
あらためて説明する必要はないと思いますが、子どもは大人のことを本当によく見ています。
「子どもに向上心を持ってほしい」と言うのであれば、最も身近な存在である大人が、そのモデルになっているかを顧みる必要はあります。
最も身近な大人、多くの子どもの場合は自身の親が、「毎日退屈でつまらない。でも何もしたくない」という態度を取っていたり、変わらない日々に満足している様子を見せれば、子どももそれを良しとするでしょう。
もちろん、それで親子が満足しているのであれば、何も悪くありません。
親子で「のんびりするのが一番だよね」と寝ころんでいるなんて、素敵だと思います。
大切なことは、子どもには「もっと頑張りなさい」「今のままでは、どこの学校にも行けないよ」と言うのであれば、大人も何かに取り組んだり、頑張る姿勢を見せてあげた方が絶対に良いということです。
大人が子どもに「今日は仕事でこんなことを頑張った」とか「今はこんなことに挑戦しているんだよ」というメッセージを送るだけでも、子どもの心には届くものがありますし、そういう日々の積み重ねを大切にしていきたいですね。
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