ワーキングメモリとは、なにかの目的のために、情報を一時的に覚えておく力のことです。勉強や生活のあらゆる場面で、ワーキングメモリは大切な役割を果たしています。
ワーキングメモリに弱さのある子どもの場合、学習や生活の中でさまざまなサポ―トが必要となることもあります。今回の記事では、そもそもワーキングメモリとはどういったものなのか、わかりやすく解説していきたいと思います。
この記事を書いた専門家
金武 李佳
公認心理師、臨床心理士
大学院修了後、急性期総合病院にて勤務。高次脳機能外来や、一般内科・外科、緩和ケア、精神科リエゾンチームなどで、体の病気を抱える方の心理サポートに注力。現在は、児童精神科や精神科にて、子どもから大人まで幅広い層の方のカウンセリングに従事。
目次
ワーキングメモリとは
隣の部屋に物を取りに行ったけど、何を取りに来たか忘れてしまった…。
こんな経験をされたことのある方も多いのではないでしょうか?これは、「一時的に情報を覚えておくこと」が、うまくいかなかった例です。
このような、“頭の中に、一時的に情報を覚えておく記憶”のことを、ワーキングメモリといいます。
日常生活や、学習場面において、このワーキングメモリは大切な役割を担っています。
そして、ワーキングメモリのはたらきが弱い場合、さまざまな困りごとが出てくることがあります。
今回は、ワーキングメモリとはどんなものなのか、ワーキングメモリが弱いとどんな困りごとが出てくるのか、そしてワーキングメモリが弱い場合にどうサポートすればいいのかをご紹介していきたいと思います。
「短期記憶」とワーキングメモリの違い
短期記憶(近時記憶ともいいます)という言葉は聞いたことがある方も多いかと思います。短期記憶とワーキングメモリには、どのような違いがあるのでしょうか。
ワーキングメモリも短期記憶も、“一時的な記憶”という意味ではほぼ同じと言われていますが、ワーキングメモリは一時的な記憶だけでなく、覚えた情報の整理や操作も含めた処理のことを言います(堂山ら、2012)。
つまり、短期記憶は、単に「言われたことを覚えておく」ような“機械的な記憶”を意味し、ワーキングメモリは、「言われたことを覚えながら頭の中で整理する」といったプロセスも含んだ記憶と処理なのです。
「聞きながら整理する」「読みながら書き写す」「話しながら整理する」といった、いわゆる“マルチタスク”には、このワーキングメモリが関わっています。
ワーキングメモリの個性
私は心理士として、普段ワーキングメモリの力をはかる心理検査を行っています。
その中では、「機械的な記憶のキャパシティはたくさんあるけど、覚えながら考えるようなマルチタスクが入ってくるのは苦手」、「機械的な記憶のキャパシティはそこまで多くはないけど、マルチタスクは得意」など、様々なタイプのお子さんに出会います。
ワーキングメモリのはたらき方には、人それぞれ個性や得意不得意があります。これは、どんな情報を覚えるのか、情報の種類(言語/視覚(非言語))や、何を通して覚えるのか、感覚器官(見る/聞く)によっても変わってきます。
情報の種類の違い:言語/視覚(非言語)
同じ“一時的な記憶”でも、言葉に関する情報を覚えるのが得意な人もいれば、絵や図表やイメージに関する情報を覚えるのが得意な人もいます。
なぜなら、覚える情報によって、メインではたらく脳の部位は変わってくると言われており、そうした脳の特性は、一人ひとり異なるからです。
道順を覚える時のことを例に挙げてみます。視覚(非言語)に関する情報の記憶よりも、言葉に関する情報の記憶がより強い方の場合には、言葉で道順を覚えようとします。「3つ目の角を曲がって、スーパーを通り過ぎて、…」といった風です。
一方、視覚に関する情報を覚えるのが、言語に関する情報を覚えるよりよりも得意な場合は、言葉よりも、地図や写真などで覚えることを好んだりします。
感覚器官の違い:聞く/見る
また、覚える情報を、目と耳のどちらからインプットするか、ということも、情報の覚えやすさに関わってきます。同じ情報でも、耳で聞いて覚える方が得意な人もいれば、目で見て覚える方が得意な人がいるのです。
実際、授業中に先生の説明がなかなか頭に入らないけど、自分で静かに教科書を読むと、学ぶ内容がすっと入ってくる、というお子さんにも出会います。
そういうお子さんの場合は、聞く記憶よりも、見る記憶が得意なタイプである、ということも多くあります。
ワーキングメモリが弱い場合の困りごと
ワーキングメモリには個性があることをお伝えしましたが、ワーキングメモリには強弱や容量の大小があります。 また、ワーキングメモリの強弱やメモリの容量は、年齢によって変化します。
子どもの場合は一度にたくさん、ただ覚えることは難しく、青年期(高校~大学生)にかけて覚えられる量は増えていきます。そして、青年期を頂点としてゆるやかに得点が下降していきます。
また、同じ年代でも、ワーキングメモリの強い子と弱い子がいます。同じ年齢の子に同じ量の指示を出しても、全て覚えておける子と、それが難しい子がいます(河村、2021)。
ここでは、ワーキングメモリが弱い場合について、子どもたちが直面する困りごとについてお伝えします。ワーキングメモリが弱い場合、学びの場においては次のような困りごとがあります。
・発表の挙手をしても、当てられて立ち上がったところで、自分が何を言おうとしていたか忘れてしまう
・話しているうちに脱線し、もともと何を話していたかを忘れてしまう
・黒板の文字をノートに移すときに、何度も視線を上げ下げしないと進まない
・いくつか同時に指示を出したら1つしか覚えていない
このような困りごとは、一見、「さぼっている」「やる気がない」と誤解されやすいものでもあります。
そのため、ワーキングメモリが弱い子どもでは、自信や自己肯定感が低下しやすい印象があります。
そのため、まずは、こうした子どもの行動を「ワーキングメモリが関係しているかもしれない」、という視点で見守ってみることも大切です。
ワーキングメモリは伸ばせる?サポートの方法
ワーキングメモリが同じ年齢の子よりも弱い場合、トレーニングで鍛えるのはどうだろうか、という発想が出てくるのは自然なことだと思います。しかし、ワーキングメモリのトレーニング自体には、あまり効果がないという報告もあります(河村、2021)。
また何かを覚えたり、こなしたりする作業にはメンタルの要素も影響するため、トレーニングがプレッシャーになると、かえってワーキングメモリがうまく働きにくくなる、ケースも実際にあります。
そのため、トレーニングというよりはむしろ、ワーキングメモリの弱さを補う工夫をしたり、その子の得意を活かしたサポートを考えたり、別の得意分野を伸ばしてあげたり、といったことに目を向けていくことが大切です。
実際に、ワーキングメモリに弱さがある場合のサポートの例をご紹介します。
情報の種類の違い:言語/視覚(非言語)
- 言葉で覚える方が、絵や図表に関する情報を覚えるよりも得意な場合:絵や図表の読み取りで苦戦している場合など、丁寧な言葉での説明をつける
- 言葉で覚えるよりも絵や図表に関する情報を覚える方が得意な場合:文章題や読解問題で苦戦している場合には、絵や図表を添えて説明する
感覚器官の違い:聞く/見る
- 聞いて覚える方が、見て覚えるよりも得意な場合:新しいことを覚える時には、音読させてみる、声に出して覚えさせてみる。
- 聞いて覚えるよりも、見て覚える方が得意な場合:以下の方法を試してみましょう。
- 動画を活用してみる
- 一斉授業だけでなく自分で教科書を読み込む自主学習の時間も大切にする
- 静かで、目に入る刺激も少ない環境を選び、集中しやすくする
- 一度にたくさんのことを伝えないようにする。指示をある程度整理してから伝える(例:これから○○について言うね。まず1つ目は、~。)
- 新しい単元や課題の導入時の説明は丁寧にする
- 時間をかけて定着を目指し、取り組む時間に余裕をもたせる
- 同じ説明をゆっくり何度も繰り返す。課題のルールを箇条書きにしたメモを手渡す
- 板書が苦手な場合、書かなくても済むように一部だけを空欄にしたプリントを配ってもらう。タブレットで黒板を撮影することを許容する。
ここでご紹介したサポートはあくまで例であり、どんなサポートが合うのかは、その子のワーキングメモリの能力の特徴や、もともと持っている個性によっても変わってきます。
詳しいサポート方法を知る場合には、専門機関で心理検査などを行い、ワーキングメモリの特徴を把握してみるのもひとつです。
まとめ
以上、ワーキングメモリとはなにか、ワーキングメモリが弱いとどんな困りごとが起こるか、サポートの方法などについて解説しました。
伝えた指示内容がすぐ抜けてしまう、板書のスピードがゆっくりなどの気になる行動は、一見「やる気の問題」ように思えることがあっても、実はワーキングメモリの特徴が関わっているのかもしれません。
ワーキングメモリは、その機能自体を大きく変化させることは難しいものの、周囲のサポートや工夫で、ワーキングメモリに関する困りごとを少なくすることは可能です。
その子のワーキングメモリの特徴や個性を理解した上で、適切なサポートを探してきましょう。
参考文献
「教室の中のワーキングメモリ 弱さのある子に配慮した支援」 (2021) 河村 暁 著
「視空間ワーキングメモリと短期記憶に関する研究」(2012) 堂山 亞希、橋本創一
「機能的MRIを用いた視覚性ワーキングメモリ課題における脳活動の検討」(2009)斎藤 恵一、安藤 貴泰、百瀬 桂子
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