子育て支援の現場では、「叱っているのに行動が変わらない」「何度注意しても同じことを繰り返す」といった子どもに出会うことが少なくありません。
そうした場面で保護者や支援者から多く寄せられるのが、「褒めることが大切だとは分かっているが、どう褒めればよいのか分からない」「叱らずに、どう関わればよいのか迷っている」という相談です。
実は、叱ることが効果を失ってしまう背景には、子どもの性格や発達だけでなく、大人の関わり方そのものが影響している場合があります。
この記事では、なぜ叱っても行動が変わらなくなるのか、そして褒めることをどのように用いればよいのかを、心理学的な視点から整理していきます。
鍵となるのは、「大人の注目」をどのように使っているか、という視点です。
育児における「叱る」という行為を、子どもの成長を支える関わりとして改めて捉え直していきましょう。

執筆:杉野 亮介
公認心理師・臨床心理士
教育支援センター、スクールカウンセラーとして不登校支援などに携わり、児童福祉施設で心理士として20年間以上従事。発達障害児の心理的支援などを行う。
子どもを叱ることが効果がない理由
保育園や学校など子育て支援の現場にいると、「褒める育児ってどうしたら良いのですか?」「褒め方が分かりません」という質問をよくいただきます。
また一方で、「最近の親は子どもを叱らないから、子どもが甘やかされてダメになっている」という意見や、「子どもをどう叱ったら良いのか分からない」という相談もよくお受けします。
叱ることと褒めることについて、どう活用するのが効果的なのでしょうか。
心理学的な考え方では、ある行動を起こした後に良い結果が伴えば、その行動は増えます。
この考え方に従えば、ある行動を起こした後に悪い結果が伴う、あるいは良い結果が伴わない場合にはその行動は減少していくことになります。
我々大人が、子どもが悪いことをした時に叱るのは、子どもにとって叱られるということは悪い結果であり、それに伴って悪いことをしなくなるだろうという考え方があります。
これは多くの人が共有している考え方であり、わざわざ取り上げる必要がないと感じられるかもしれません。
しかし、この考え方が通用しない子どもたちもます。
この子どもたちは、大人から見れば良くないこと、悪いことをよくしてしまいます。そしてたくさん叱られています。
けれども、その行動が修正されることはありません。
その子どもたちや保護者あるいは養育者から話を聞くと、この子どもたちのほとんどは、小さいときからたくさん叱られてきている子が多いです。
その結果、この子たちが大人と結びつく関係性は、「叱られること」によって成り立ってしまいます。
つまり、この子達にとっては大人から叱られることは自然なことになってしまっていて、「叱られたくない」とか「褒めてほしい」ということではなくなり、叱られても行動を修正しなくなるのです。
子どもたちは大人から注目され、お世話をしてもらうことで生きていけるので、子どもたちが大人に見てほしい、構ってほしいという欲求を持つことはごく自然なことです。
しかし、大人からの関わりが、叱ってばかりになると、その子どもは叱られることで注目を集めるという行動パターンを身につけてしまいます。
大人から褒められてきて、時には叱られて、「褒められたくない」「叱られたくない」という思いを持っている子どもに対して、悪いことをした時に叱ることは効果的なのですが、「叱られたい」と思っている子どもを叱っても、行動に変化が起きないのはある意味納得です。
子どもを叱るべき本当の行動とは
では、いつどんな方法で叱ると良いのでしょうか。ここでは効果的な叱り方や褒め方を解説します。
実は、叱るとか褒めるに限定せずに、「大人が注目した行動が増える」と考えてみると分かりやすいでしょう。
子どもを叱るとき何に注目するか
あくまでも「注目」なので、「褒める」はもちろんですが、「叱る」とか「見る」とかも大人が子どもに注目していることになります。
ここでは、大人は、この「注目」をいかに用いるかが大切です。
子どもの悪い行動にばかり注目してしまうと、その行動が増えてしまいますので、子どもの良い行動に注目していくことが必要です。
保護者の相談に乗る中で「褒めないといけないのは分かっているのだけれど、うちの子は褒めるところがない」「良いところがない」「良いことをしない」という話はよく出てきます。
詳しく話を聞いていると、保護者の方が子どもに求めるハードルが高すぎるのではないかと感じることがよくあります。
例えば「出された宿題をするのは当たり前」とか「友達と仲良くするのは当たり前」という感じです。
子どもの良い行動というのは、その場面で大人が子どもに「せめてこれだけはしてほしい」と求めている行動と理解してみてください。
その場に適した行動が「良い行動」であり、大人は常にこの場で子どもにどういう行動を求めているのかを考える必要があります。
そこが明確になって、一貫性が無いと、子どもとしては、何が良いのか悪いのかが分からなくなってしまいます。
宿題の場面を例に説明していこうと思います。
子どもがなかなか宿題を始めなければ「宿題しなさいよ」とこちら側の思いは伝える必要があります。
それでも宿題を始めなければ、始めるまで待ちましょう。
ここでたくさん声をかけたりしてしまうと、宿題をしないことで大人の注目を集めることができるという経験を積み重ねてしまいます。
じっと見ていても注目していることになりますので、一見無視しているかのように、こちらは別のことに興味を向けるか、別の行動をしておきましょう。
さて、子どもが宿題をし始めた時がチャンスです。
ここで、子どもに注目してあげましょう。
もちろん褒めてあげても良いのですが、褒めるのが苦手という方もけっこういらっしゃいますので、こちらが注目しているということがわかるような行動をとりましょう。
近くまで行って「頑張ってるね」とか「この字、上手だね」という感じです。
ここでよくやってしまいがちなのが、「やっと始めたの?早くやりなさい」とか「こんなのも分からないの?」という感じで子どもにとって聞きたくない言葉をかけてしまうことです。
これも注目ではありますが、子どもとしては「せっかく宿題を始めたのにうれしくない」とか「やっぱり宿題したくない」ということになってしまいますので、ポジティブな声掛けをしてあげてもらいたいと思います。
もちろん、学年が上がってきたりしたら、いちいち声をかけられるのを嫌がることも増えてきますが、頑張っている姿を見ているよ、わかっているよというメッセージは伝えてあげた方が効果的です。
子どもの良い行動へ注目する効果
子どもの良い行動に注目する、特に視線を注いであげるというところは、最近の子育てで足りない部分であると感じます。
子どもと公園に行くと、子ども連れの保護者の方がたくさんいらっしゃいます。
子どもを公園に連れてくるだけでも親としては十分な働きだと思う一方で、子どもが遊んでいる様子を見守る保護者の片手にはスマホがあり、子どもよりもスマホに目が行ってしまうという光景をよく見ます。
スマホを見るということが悪いわけではありませんし、見たいという気持ちは本当によく分かります。
しかし、そればかりになってしまうと、子どもが友達と仲良く遊んでいたり、安全に遊んでいるうちは、親は安心してスマホを見ています。友達とケンカし始めたり、危険なことをし始めると慌てて、注意をします。
こうなると、子どもが親から声をかけてもらえるのは、自分が悪いことをした時ということになってしまいます。
子どもの叱り方について
親の役割は、子どもを良い方向に導くことであるということに異論はないですが、 その方法論として、悪いことをした時に叱って修正しなければならないという側面が強調されやすいように思います。
それも間違いではないのですが、そればかりだと親子の関係性がぎくしゃくしがちですし、自己肯定感が下がったり子ども自身の心を傷つけたりする可能性もあります。
親も子も精神的にしんどくなってしまいますよね。
そして何よりも効果が弱まっていきます。叱れば叱るほど、子どもは言うことを聞かなくなってしまいます。
叱っても言うことを聞いてくれないとなると、時に親の行動がエスカレートして体罰に発展するリスクもあります。
それよりも、子どもに対して「それでいいんだよ」というメッセージを伝え続ける方が親子の関係性は良くなります。
どんな子どもにも、「良い行動」を行っている時間帯はあります。
それを逃さずに、あなたはそれでいいんだよという意味も込めて、視線を送ってあげたり、一言声をかけてあげることが実はどんな子育ての技法よりも効果的です。
これは多くの方が自然にやっていることであるのですが、子育てで悩んでくると、どうしても何か特別なことをしないといけないと思いがちです。
そんな時には、どんな些細なことでも良いので、「良い行動」に注目してあげることを意識しましょう。
参考文献:読んで学べるADHDのペアレントトレーニング-むずかしい子にやさしい子育て シンシア・ウィッタム著 上林靖子ほか訳

