それぞれの子どもに合わせた学びのサポートができたら、どんなに良いことでしょう。
イギリスでは、全ての子どもたちが自分たちのペースで学べるように、”SEN”という特別な支援制度を用意しています。
この制度は、学習の困難を抱える子どもたち一人ひとりに合わせてカスタマイズされた教育を提供し、それぞれの可能性を最大限に引き出すことを目指しています。
この記事を通じて、日本の教育システムでも取り入れることができるかもしれない有益なヒントやアイデアを探ってみましょう。
この記事を書いた専門家
髙井 菜美
公認心理師、臨床心理士
精神科病院(主にデイケア)にて、心理士として相談、社会支援などに従事。イギリス在住、2児の母。
目次
SEN/SENDとは
SENの概要
イギリスでは「SEN」(Special Educational Needs)または「SEND」(Special Educational Needs and Disability)と称される、特別な教育的ニーズを持つ子どもたちへの包括的な支援体制が整備されています。
他の生徒よりも学習の困難さや進歩の難しさがあると認められた生徒は、学習をするために特別な援助やサポートが必要とされることがあります。
学校には、特別な教育が必要であると認識されたすべてのSEND生徒を記録する「SEN登録簿」というものがあり、学校はSENに登録された子どもたちの学びがどれくらい進んでいるかについて注意深く追跡することが求められています。
この制度は、教育や訓練を受けている0歳から25歳までの特別な教育的ニーズと障害を持つすべての子どもと若者に適用されています。
このSENサポートにおいては、学習を困難にするニーズや障害を抱えている方は、確実に学習にアクセスできるように必要なサポートを受けることができます。
SENCoとは
また、イギリスの全ての学校では、SEN を持つ全ての子どもたちが確実にサポートされ、教育の可能性を最大限に発揮できるよう、SENCo(Special Educational Needs Co-ordinator: 以下SENCo)を設置することが義務付けられています。
SENCoは学校内の特別な教育的ニーズを担当する教職員のメンバーであり、必要なニーズが満たされるように必要に応じて学校内で調整を行ったり、保護者や外部機関、専門家とコミュニケーションをとる役割を担ったりしています。
SENCoでは、SENを持つ全ての子どもたちが確実にサポートされ、保護者だけでなく学校の教育者やSENCoなど、SENを持つ生徒に関係する周囲の支援者が、子どもそれぞれが持つ興味関心や強みを認識し、活用する取り組みを目指します。
そしてSENを持つ子どもも他のクラスメイトと同じ教室で過ごしつつ、必要に応じた追加のサポートを受けることがあります。
特別級や通常級で区別する多くの日本の学校の状況とは全く異なる制度と言えます。
こちらをご覧ください。
イギリスのインクルーシブ教育に関する記事はイギリス政府より発表されている最新の統計によると、2023年1月時点でSENに特定されている生徒は約160万人、割合にすると、なんと全生徒の約17%が登録されています。
EHCPとは
SENに特定された生徒約160万人のうち、約120万人(75%)がSENサポートを受け、残りの約40万人(25%)は、教育・健康・ケアに関するプラン「EHCP」を持っています。
EHCPの手順
この「EHCP」についてもう少し詳しく説明します。
SENサポートを受けている子どものうち、ターム(学期)ごとの評価のあと、子どもの学びの進歩について、保護者や子ども本人に不満がある場合には、「EHCP」の評価を地方自治体へリクエストすることが出来ます。
地方自治体はこのEHCP計画を評価する際に、対象となる子どもやその親や介護者、ナーサリー(イギリスの保育園)や学校の先生の他、関係している医療専門家から情報を収集し、どのような追加サポートへのニーズを持っているか、EHCPを通じてどのような特別な措置が必要とされるかについて確認し、評価をします。
SENサポートよりも多くのサポートを必要とする(ニーズがある)場合、このEHCPを持つことがあり、教育、健康、社会的なニーズを特定し、そのニーズを満たすための追加のサポートを設定します。
どうしても座っていられない、話を聞いていられないなどADHD傾向のある子どもたち、失読症、自閉症などの困難さを抱えている子どもが対象となることが多いようです。
EHCPによる支援の内容
その評価の中で、学校で利用できるサポートでは子どものニーズを満たすことが出来ないと判断された場合に、EHCPによって、追加で専門家による1対1のサポートを週に約20時間受けることができるようになります。
具体的には、SENの教師や理学療法士など、個別の教育的ニーズを満たすために必要と考えられる外部の専門家・機関が関与が、それぞれの子どもたちに学校で追加的なサポートを行います。
SENの内容と現地の状況
SENを持つすべての子どもが障害者とみなされるというわけではなく、他の生徒よりも学習を進めていくことに難しさがあり、特別な教育が必要と判断された生徒であるとご理解ください。
短期間のみSENサポートを受ける子もいれば、教育を受けている間ずっとSENサポートを受ける子もいます。
イギリスの全ての学校は、SENを持つ子どもたちに対して合理的な調整を行うことが求められています。
ひとりひとりの子どもの学習にSENに応じた戦略がどのような状況をもたらすかは、それぞれの子どもの教育的ニーズにより異なります。
成長していく中で変化していくニーズを検討し、より適したサポートを提供するために、子ども本人、保護者、関わる可能性のある教職員が、サポートについてどのように感じているか、変更の必要性についてどのように感じているかを確認し、サポートプランの見直しと改善をすることも重要です。
イギリスでは、SENサポートのみならずそれぞれの学校の取り組みとして、子どもたちそれぞれがより快適に過ごすことが出来るようなサポートシステムや教室の構造の工夫が意識的に取り入れられていることが多くあります。
在籍する生徒の教育的ニーズに合わせて、特定の活動のための場所(たとえば、多動の生徒に合わせた動き回れる場所や、感覚過敏があり何かを触ることで落ち着くことができるための物品が備えられている場所など)を設けることもあります。
SENのサポート対象:4つの領域
SENには、主に4つの領域あります。以下に、それぞれの領域についてご紹介します:
認知と学習(Cognition and Learning)領域
この領域のニーズを持つ子どもたちは、ディスレクシア(失読症)など特定の学習の違いを抱えている可能性が考えられます。
同年代の他の人々よりも学習のペースが遅い場合、カリキュラムの一部を理解するのが難しい場合、構成力や記憶力(作業記憶)に問題がある場合、または読み書き計算などの学習の特定の部分に影響を与える特定の困難を抱えている場合などが想定されています。
社会的・感情的・精神的健康(Social, Emotional and Mental Health)領域
この領域のニーズを持つ子どもたちは、感情を抑制するのが難しいと感じたり、精神的健康に問題を抱えたりする可能性があると考えられます。
引きこもり、自分や他の子の学習を妨げる可能性のある行動をとる、など、子どもの学習に影響を及ぼす可能性のある場合や健康や幸福に影響を与える場合などが想定されています。
コミュニケーションと交流(Communication and interaction)領域
この領域のニーズを持つ子どもたちは、特有の言語的困難を抱えている可能性があると考えられます。
言葉やコミュニケーションに困難を抱えており、言語を理解することや他の人と効果的で適切なコミュニケーションをする方法の理解に難しさがある場合が想定されています。
自閉症スペクトラムを抱える多くの子どもたちもコミュニケーションや相互作用のニーズを持っています。
身体的および感覚(Physical and Sensory)領域
この領域のニーズを持つ子どもたちは、身体的障害、および感覚を避ける行動や感覚を求める行動など、感覚のニーズのある方が想定されています。
視覚および/または聴覚障害のある、またはそれに加えて継続的なサポートと機器が必要である身体的ニーズがある場合なども想定されています。
言語の困難さについて
1つ目の領域「認知と学習(Cognition and Learning)」について補足すると、英語を第一言語としない子どもの場合、現地の学校での学習に困難さを持つ場合もありますが、母国語が英語ではないという理由で学習の困難を抱えているわけではない、とされています。
イギリスの学校に在籍する生徒のうち、英語を第一言語としない生徒の割合は、2022〜2023年には約20%という調査結果があり、筆者の住む地域の公立校も約40%強は英語以外の言語を第一言語とする生徒が在籍しています。
そのため、英語を母国語としない子どもへはSENは適用外となっていますが、それ以外の要因で学習上の困難さを抱えている場合にはSENサポートを受けることがあります。
現地SENサポートの状況
視覚・聴覚に関する身体的な難しさのある子どもたちは、学校にいるSENCoのサポートを受けながら学校生活をしていて、担当のSENCoは、密に担任の教師や子どもの保護者と連携し、適切なコミュニケーションをとりつつ、学校生活のサポートをしています。
子ども本人の自立性を大切にする関りを行い、教室の中で他児と交流する様子を見守ったり、対人関係の様子やどのようなことに困っていたか、どのような活動が好きかなど、日常生活の中の細部までよく観察しているように見受けられます。
ナーサリーにおいても同様で、いかなる特徴があっても、その子にとってストレスのかかることは強制されず、より過ごしやすいような工夫(遊ぶ場所を用意する、必要な声掛け、サポートをするなど)がみられます。
子どもを注意深く観察し特徴をよくとらえ、関係する他の教職員や保護者と密に連携、コミュニケーションを取りながらサポートをしています。
学校や先生の特徴によっては多少のばらつきはあるようですが、一貫していることは本人の意思を大変尊重しているところがポイントだと感じています。
おわりに
このように、SENは幅広い教育的ニーズをカバーしています。
学校が様々な子どもたちをサポートする最適な方法を理解するため、子どもたちが教育、医療、ケア計画を受ける場合に、活用されます。
イギリスにおけるSEN制度は、一人ひとりの子どもが直面する学びの壁に個別に対応するための支援が提供できている希少なシステムといえるでしょう。
子どもが特別な教育的ニーズを持っている場合でも、持っていない場合でも、この制度から学ぶべき点は多くあります。
子ども一人ひとりのニーズに合わせた柔軟な教育アプローチを取り入れることで、全ての子どもたちが自分らしく学び、成長できる環境を整えることができるのです。
イギリスの例を参考に、私たちも日本の教育システムにおいて、子どもたちの多様な学びのスタイルと能力を支援し、子どもたちが社会で活躍するための力を育てるために何ができるかを考えるきっかけになれば嬉しいです。
参考文献
UK Gifted支援 Potential Plus UK (National Association for Gifted Children)
UK国内 Support for more able and talented children in school(UK) 2 Dec 2020
Teaching and Learning with ICT in the Primary School (書籍)