自分の感じていることや考えていることを言葉にできない子どもは、親をはじめとする大人だけではなく友だちとも、うまく関わることが難しくなります。
また、自分の感情コントロール等にも難しさを抱えてしまいます。
そこで、今回は子どもの感情や思考の言語化の重要性などについて伝えていきたいと思います。
この記事を書いた専門家
杉野 亮介
公認心理師、臨床心理士
教育支援センター、スクールカウンセラーとして教育分野で不登校支援等に携わった後、児童福祉施設で心理士として20年間以上従事。児童虐待を受けた子どもや発達凸凹のある子どもたちへの心理的支援、生活のケアを行う。
はじめに
子育て支援の現場にいると、子どもの感情や思考の言語化の重要性を痛感することがよくあります。
感情や思考を言語化できないと、他者とうまくコミュニケーションが取れないというのは、容易に想像がつくと思います。
それだけではなく、感情や思考を言語化するのが苦手な子どもは、感情コントロールや衝動コントロールがうまくいかないことが多くあります。
なぜ、感情や思考の言語化が重要なのか、そして、自分の感情や思考を言語化できる子どもをどう育てていくのかについて、お伝えしていきたいと思います。
感情や思考を言語化できないと・・・
私は、何らかの事情で家庭から保護された子どもと接する機会が多いのですが、その中には、感情や思考を言語化せずに抑圧して育ってきた子どもたちが多くいます。
もちろん、その子どもたちは、感情や思考を言語化しようとしません。
そういう方法があるということ自体を知らないようにも見えます。
そういう子どもたちとの関わりから、学んだことがあります。
自分や相手の感情を正確に理解できない
子どもたちが教えてくれたことの一つ目が、感情や思考を言語化してきた体験が乏しいと、自分や相手の感情を正確に理解することができません。
保護された子どもたちと過ごしている中で、喜びや悲しみ等の感情をどんな時に感じるのかと質問してみました。
その中で、「悲しい」の意味が分からないという子が何人もいたことに驚きました。
正確に言うと、「悲しみ」と「怒り」の区別がついておらず、不快感は「怒り」で処理されているということが分かりました。
この子ども達は、不快感があると全て「うざい」と感じ、それが怒りに変換されていました。
それでしっくりきたことが一つあります。
子どもたち同士でトラブルになった時、「相手は悲しんでいるよ」というメッセージを伝えると、うまく理解できない子、イライラする子がいます。
私自身としては、なぜそんなに怒るのだろうと不思議に思っていました。
しかし、この子たちにとって「相手は悲しんでいるよ」というメッセージは、「相手は怒ってるよ」という意味合いで伝わっていたのだと思うと、少し納得ができました。
大人としては相手は悲しんでいて、それを感じて欲しいと思って「相手は悲しんでいるよ」というメッセージを伝えていたのに、その子どもたちには、相手の子はまだ怒っているという意味合いで伝わっていたようです。
子どもたちは、育ちの中で、自分の感情や思考を表現し、それに対する周囲からのフィードバックを受けることで、自分の感情や思考について考えたり、扱うことができるようになります。
赤ちゃんが泣いている時に、周囲の大人は「お腹すいた?」「おむつかな?」等、色々と声をかけてくれます。
もう少し大きくなったら、悲しそうな顔をしていると「どうしたの?」「悲しいの?」「怒ってるの?」等と声をかけてもらいます。
そうすることで、子どもたちは「これが悲しいという感情」「これは怒っている感情」という具合に感情が分化されて整理されていきます。
この段階を踏んでいない子どもたちは、自分の感情を正確に把握できていません。
何か嫌だと不快感があっても、それが怒りなのか、悲しみなのか、不安なのか、が分かりません。
自分の感情がよく分からないので、相手の感情となると、ますます分かりません。
ケンカ等があると、大人はつい「相手の気持ちを考えなさい」と言ってしまいますが、その言葉ではピンとこない子どももいるのです。
感情や衝動をコントロールすることが難しくなる
子どもたちが教えてくれたことの二つ目は、感情や思考を言語化してきた体験が乏しいと、感情や衝動をコントロールすることが難しくなります。
1つ目でふれたように、このような子どもたちは、自身の感情等を正確に把握できていません。
これは、自分の感情や思考を表現する言葉を持っていないとも言えます。
人間は自身の感情を把握したり、コントロールする際に、言葉を使います。
言葉を正確に扱える人、語彙力が豊富な人ほど、自分の気持ち(もちろん他者の気持ちも)を敏感に察知することができますし、それに伴って感情をコントロールすることもできます。
いわゆる、キレやすい子ども(衝動的に行動してしまいやすい子ども)と話をするとよく分かりますが、非常に語彙が乏しく、特に感情に関する言葉と言えば、「うざい」「だるい」「やばい」などの言葉しか出てこないということがよくあります。
こうなってくると、自身の感情が上がったり、下がったりした際に、それがどんな感情かを詳細に察知することができず、とりあえず「うざい」と察知した結果、キレてしまうみたいなことになってしまいます。
また、思考を言語化する習慣がないので、「こんなことをしてしまったら、後でやばいな」とか「お母さんに怒られるからやめておこう」という言葉がパッとうかばずに、行動にブレーキもかかりにくくなってしまいます。
これをしたら、この後どうなるかなということを、全く考えずに行動してしまう子どももけっこういます。
感情や思考を言語化できる子どもを育てるには
何か特別なトレーニングをするというよりも、日々の大人とのコミュニケーションが大切です。
子どもにとって、周囲の大人は、最高のモデルとなります。以下で、具体的な方法を見ていきましょう。
大人がきちんと自分の感情を伝える
子どもとのやりとりのなかで、大人が積極的に、自身の感情や思考を言語化していくということが大切です。
子どもに対しては「思っていることを言いなさい」とか「何考えているのかを教えてくれないと分からないよ」と言いつつ、大人が子どもに対して感じたことや思っていることを伝えられているのでしょうか。
たとえば、子どもの言葉遣いが悪くてショックを受けた時に「何なの、その言い方」と強く叱るよりも、「そんな言い方をされて、私はすごく腹が立った」とか「あなたがそんな言い方をするなんて、ショックだった」という伝える方が効果的です。
保護者の方の相談に乗っていて、「もっとご自分の思っていることや感じたことをお子さんに話してあげてください」と伝えると「え?いいんですか?そういうのは言ったらダメだと思っていました」とおっしゃる方がいらっしゃいます。
親は我慢しないといけないとか、思っていることを子どもに言ってはいけないと思っていると、子どもも自分が思っていることや感情を言葉にしなくなってしまいます。
それに、思っていることも感じていることも言ってくれない大人に対しては、子どもからすると、この人は何を考えているのか分からない、そんな人に何を言ったら良いのか分からないということになってしまうのも自然なことです。
子どもの表現を受け入れ、言語化を促す
また、子どもが感情や思考を言語化した時には、言葉にしたということを受け入れ、評価することも大切です。
例えば、子どもが友だちと喧嘩をしたとします。
大人としては「なんで喧嘩になったの?」とまずは聞き、言語化を促します。
ここで、子どもが「相手の子が嫌いだから」とか「私がルールを破ったから」と答えると、つい強く叱ってしまいがちです。
しかし、【言語化を促されて、言語化したら、叱られた】という経験を積み重ねてしまうと「言わなければ良かった」「黙っておいた方が良いんだ」ということになってしまいます。
まずは「よく言えたね」「言葉にできたことは偉いね」と言葉にしたということを評価してあげましょう。
その上で、親としては、この行動のここが良くなかったと思う、次からはこうして欲しいということを具体的に伝えてあげることが効果的です。
そうすることで、子どもは自分自身の気持ちを理解し「こういう場面ではこうするんだ」というパターンも身についてきます。
表現方法を増やす
また、表現する方法を増やすということも効果的です。
そこで大切になるのは、語彙を増やすことと、表現の方法を増やすことです。
自分が思っていることや感じていることをより正確に表現するには、より多くの言葉を知っている必要があります。
最も良いのは、親や養育者との会話を通して、語彙を増やすことですが、それ以外にも方法があります。
小さい子どもであれば、読み聞かせをすれば、耳から入る言葉を増やしていくことができます。
文字が書けるようになってくると、交換日記をするという方法もあります。
日記を書くとなると、頭で言葉をつかいながら出来事を思い出したり、自分の行動を振り返ることができ、それもトレーニングになります。
ご紹介したように、もちろん日記など書くだけの方法でも良いですが、誰かと交換する形になれば、相手からのメッセージを読んだり、相手からの質問に答えたりして、自然と言葉に触れる機会が増えていきます。
おわりに
言語化という観点から考えると、私が最近現場で会う子ども達に、一つの特徴があります。
言葉はそれなりに知っているのですが、使い方や意味を間違っていることが多いのです。
「蹴る」という言葉の意味を「相手を押すこと」と理解していた小学生がいたりして、「さっき、あの子に蹴られた」と訴えるので、相手の子に話を聞いたら、並んでいる時に手が当たって押してしまったということだった、ということもありました。
なぜ、こういう子が増えているのか不思議に思っていたところ、子どもからの「ユーチューブで観たから」という言葉で理解できました。
私はスマホをテーマにした記事でも書かせていただいたのですが、スマホを否定するつもりはありませんし、多忙な時に「これ、観ておいて」と子どもにスマホを渡すことが悪だとも思いません。
実際に子育てをしていくにあたっては、いかに活用していくかが大切なことだと思っています。
ただ、スマホを渡して、ずっと一人で動画を見せているというのは、弊害もあるようです。
動画を一人で見ていると、情報が一方通行で、たくさんの情報が子どもに入ってきます。
そんな大量の情報を子どもは自分なりに処理します。
ここが大切だと思うのですが、その得た情報を子どもがアウトプットできる場や相手がいれば、「それは、そういう意味じゃないよ」とか「そういう言葉は、周りの人に使ったら嫌がられるよ」とかフィードバックを得ることができ、学びとなります。
しかし、私が最近よく会う子どもたちは、アウトプットする相手がおらず、フィードバックを得ていないので、自分なりに理解したところで終わっているのです。
子どもたちは、大人とのたわいのないやりとりを通して、たくさんのことを成長発達させています。
家以外のところで、勉強したり、習い事をしたりすることも大切です。
しかし、子どもにとって、最大の学びの場は、保護者や周囲の大人とのやり取りの中にあるということを忘れてはいけません。
何気ない会話をすることの積み重ねが、親子の絆はもちろんですが、子どものコミュニケーション能力を発達させていることを、ほんの少しだけ頭に入れてもらえたらと思います。
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